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恋文は直接的な方が良い

「え? あっ、ちょ……ええ~っ!?」

 これ、あの人にお願いします! と一方的に押し付けられてしまった封筒。質の良さそうな手触りのそれを渡してきた女性も綺麗な衣服を着用していて、この町に住む貴族のお嬢様から話し掛けられたのだろうと思ったが。相手に返答する間も無く、ぴゅ~っと素早く逃げ去ってしまい。去る背を見つめるしか出来なかったクローチェは、手元に残された物に目を向けて小さく溜息を吐いた。

(お願いします、って……まぁ渡すのは別に、良いんだけど。これってもしかしなくても、ラブレター……だよねぇ?)

 あの人に、と示された人物は、今も数歩先でこの町の住人との交流もとい、何か良い情報が得られないかと探る事を試みている仲間の男。何処へ行っても目立つ、金の刺繍が映える黒の学者ローブに整い過ぎな容姿、良い声でスラスラと相手への賛辞が飛び出してもくる紳士的な振る舞いは、初めて出会う女性達の心を奪ってしまう事が度々だ。クローチェに手紙を託した女性もまた、遠目での一目惚れか直接の会話を経て恋に落ちてしまった被害者なのだろう。
 被害、と言うと彼が悪人のように聞こえてしまうが、惚れさせるつもりなど皆無なのに誑かしてしまっているのだから、間違ってはいない。そして当の本人は他者から好意を向けられても全く気付きもしない、超絶な鈍感。応える応えない以前の問題だ。
 無意識に、無自覚に、恋をさせてしまう学者先生。本当に性質が悪い人だな、と毎度思う。

(きっとラブレターなんて何通も貰ったんだろうな。でも誰かとお付き合いした事は無さげだったし、告白された事も無いよって返してくるし……どうして気付かないのか不思議でしょうがない)

 彼に想いを告げる女性は皆、言葉選びが直接的ではなかったのだろうか? それとも、お慕いしています、と伝えても、彼が友好や親愛のそれであるとしか解釈しないからなのだろうか。後者の可能性が凄まじく高そうだ……と思ってしまい、顔も名も知らぬ女性達にそっと合掌を送りたくなった。意を決して想いを綴っても返ってくるのは感謝の気持ちだけとは、さぞ悲しみに暮れて枕を濡らした事だろう。

(……あ、話し終わったっぽい)

 住人に話のお礼を伝えて別れた彼を見て、クローチェはそちらへ歩みを向ける。「サイラス先生」と呼び掛けると、相手も「待たせたね、クローチェ君」と穏やかな笑みを浮かべた。

「はい、預かりもの」
「手紙? 私にかな」

 そうだよ、と答えると、サイラスは封筒の表と裏を見て記されている文字を確認する。宛名は『旅の学者様へ』となっており、差出人の名を見ると「あぁ、先日のお嬢さんか」と思い当たる人物を頭に浮かべたようだった。

「この町に到着した直後、自由時間を設けていただろう? その時に出会って道案内をしてくれたんだ。とても親切な人でね、町の造りや人々の歴史についても色々と教えてくれて、実に有意義な時間を過ごさせてもらったよ」
「へぇ~…………えっ、」

 その時に惚れさせてしまったのか、と説明を聞きつつ内心で察していると、蝋で封されていたそれを彼は躊躇いも無く、ぺり、と開き始めてしまって。嘘でしょ、この場で!? とクローチェは驚きの声を上げる。

「い、今もう開けちゃうの!?」
「わざわざ手紙を用意してキミに託してでも渡そうとしたようだから、急ぎの用件なのかもしれないだろう? すぐに確認した方が良い」
「いやぁ~……それは、どうだろなぁ……」

 ほんの一瞬の事ではあったが、託した彼女は少々頬を赤らめていたような気がする、と思い返す。手紙をしたためて渡しに行こうとしたは良いが、いざ相手を前にすると緊張してしまって、しかも別の人と会話を始めてしまい話し掛けるタイミングが掴めず、すぐ近くに居たクローチェも旅の者だと判断して託した……といった所だろう。
 彼がこの地を発ってしまう前に、という意味では急ぎなのだろうが、まさか此処で開封するとは。確実にラブレターだろうと分かっているクローチェは、宿で一人で読みなよ……と思ってしまいつつも、彼が真剣に目を通しているので何も言えず、ただ待つしかなかった。

「……ふむ、なるほど」
「え~っと……お嬢さん、なんだって?」

 読み終えたのか呟いたサイラスに、それとなく聞いてみる。彼は片手で封筒と便箋を持ち、いつものように顎に手を添えながら答えてきた。

「要約すると、先日の出会いは自分にとっても良いものだった、とお礼を伝えたかったようだ。口頭で構わないのに、ご丁寧に手紙まで用意してくれて……気立ての良いお嬢さんだ。ご両親も教育熱心な素晴らしい方々であるのだろうというのがよく分かるよ」
「ふんふん」
「それから、時間が有る時に是非とも私にご教授願いたい、とも有った。旅での出会いや発見の話は勿論、私の持つ知識を共有させてほしい、自分との時間も私にとっての宝にしてもらえたら……と。ふふ、こういった旅先でも、教師として求めてもらえるのは有り難い事だね」
「ふんふ……んんっ?」

 彼の返答に頷きながら聞いていたが、述べられた言葉にクローチェは耳を疑った。今この人、おかしな事を言わなかったか、と。

「せんせ、それ本当にそのまま書いてあるの?」
「いや、もう少し丁寧に綴られているよ。例えば、『ゆっくりと二人きりでお話を聞かせていただきたいので、我が家へご招待したく思います。寝食の場も提供致しますので、是非とも長期にご滞在いただき、ゆくゆくは第二の故郷としてくださりますと幸いです』……というように。手厚く寝食の保証もしてくれる家庭教師の依頼とは、なんとも寛大なご家庭だろうか」
「…………や、それって、さぁ……」

 つまり、ゆっくりと二人きりで長く貴方と一緒の時間を過ごしていきたいし、学びたいを口実にずっと家に居てほしいし、あわよくば本当の家族の一員として自分と結婚して永住してほしい……と言っているのではないか?
 クローチェはそのように感じたが、目の前の男は含まれている乙女心には微塵も気付かず、教師としての自身に依頼が来たのだと言葉通りの解釈をしているようで、尚もその誤った認識の元で結論付けていく。

「しかし、私は今『辺獄の書』を探す旅の最中だ。仲間であるキミ達の旅の手伝いをするという約束も有るし、長期の滞在は難しい……希望を叶えてはあげられなさそうだ。折角の申し出を断るのは心苦しいが、またの機会にお声掛けいただけたら、と返事を書こうと思うよ」
「あ、うん……そういう風に返事するんだ?」
「ただ断るだけでは失礼だろうから、学びへの情熱を抱く貴女と出会えた事は私にとっても幸運だったよ、というのも添えておくつもりだ。タイミングが合わず、私が教えられないのは残念だが……是非とも学者の道へと進んでもらえたら嬉しいな」
「……そ、そっかぁ~……」

 学びに惹かれる同志と出会えた喜びを感じているようで、サイラスはそう答えると笑みを浮かべながら、もう一度手紙に目を向けて返信内容を考え始めた。彼の中ではもう、あのラブレターはこの地で巡り会えた同志からの家庭教師の依頼書として確立してしまったらしく、他の意図で綴られたものであるとは思いもしないのだろう……。

(そんなわけ有るかぁ~い!!)

 勢い良くびしり、とツッコミを入れたい所だが、この人のコレは通常運転なのだからどうしようもないな……というのも悟ってしまっているクローチェは何も突っ込まず、呆れて苦笑いを浮かべる。
 直接的な言葉でないと、恋愛対象としての好きを貴方に向けています、というのをハッキリ伝えないと、気付きもしてくれない厄介な人。今後も大勢の女性達を泣かせていくのだろうなぁ……という確信を抱いてしまう。

「サイラス先生って本当、根っからの学者先生だよねぇ……」
「うん? そうかな、有難う」

 育ちが良く、用いる言葉も丁寧なものばかりだったが故に仇となり、熱い想いが全く違う形で受け取られてしまった何処かの家のご令嬢。彼女がこれから受け取るであろう彼からの返信には、夢見る乙女が報われるものではない予想外の言葉ばかりが綴られるのだろうと思うと哀れでならず、クローチェは天高く深々と合掌を送った。
 超絶鈍感フラグクラッシャー厄介学者先生は、今日も清々しい程に絶好調である。