01.ズレ始めた世界
きっと明日は上手く出来る。
きっと明日は試合に出られる。
そう信じて……いや、そう思い込んでいないと走れなかった。
大好きなハズのサッカーなのに、自分達のサッカーが満足に出来る日常を取り戻す為に戦っているというのに、あたしは自分らしさを出し切れるサッカーなんて出来ていなかった。
「彼方さんは今回ベンチに居てもらいます」
「あ、はい……」
「……貴女の気持ちは理解しているつもりよ。でも勝つ為には仕方の無い事なの」
「……分かってます。あたしは此処から、皆が頑張れるように応援してます」
勝つ為には仕方の無い事、それは分かってる。
エイリア学園との戦いに勝たなければ平穏は取り戻せない、何とかやり過ごせても勝利を得なければ同じ事の繰り返しだから。
勝てるメンバーで。
勝てる実力を持った選手で。
……あたしが其処に届いてないから選ばれないだけ、だって……分かってる、けど。
(すぐ目の前で皆は走ってるのに、あたしは此処で見ているしか出来無い)
悔しい。
歯痒い。
もどかしい。
……苦しい。
此処に居る事が、苦しい。
息、が 詰まりそう だ
夕飯を食べ終えた後、あたしは一人皆から離れた場所で過ごしていた。
今のあたしには皆が眩しく見えてしまって、そんな状態で皆と居てもちゃんと笑えるか分からないから。
月明かりもぼんやりとしか届かないこの場所で壁に寄り掛かって座るのが落ち着くだなんて、普段のあたしだったら思わなかっただろう。
それよりも、皆と居た方が良いって……思う、ハズなのに。
「彼方、こんな所に居たのか」
足音とあたしの名前を呼ぶ声がしてそっちに顔を向ければ、チームメイトである彼が此方へと歩いて来ていた。
「……鬼道さん……」
「姿が見えないと思ったらこんな暗い場所で……危ないじゃないか」
「大丈夫だよ、誰も来ないし」
「……そうじゃなくて……そもそも俺が来た時点で誰も来なくはないだろう」
鬼道さんはあたしのすぐ近くまで来て立ち止まり、「戻らないのか」と聞いてきた。
あたしは無言で首を小さく横に振って返せば、鬼道さんは少し眉を顰める。
「……何故だ」
「……もう少し、此処に居たいんだ」
「そろそろ寝ないと明日辛いだけだぞ」
「…………良いよ。どーせ、あたしは出れないんだし」
「……彼方?」
両膝を抱えて呟くようにそう言えば、鬼道さんが訝しげな声色であたしを呼ぶ。
視界の端で彼のマントが揺れたのが見えて布の擦れる音がして、隣に座ったのだと分かる。
「お前、何か有ったのか」
「…………」
「……監督に何か言われたか?」
「……別に、何も言われてないよ」
「なら、どうしたんだ」
「…………どうも、してない」
素直に自分がおかしいと彼に言う事が出来無い。
鬼道さんになら何でも話す事が出来たというのに、今は何一つ言いたくない。
尚も地面の方を見詰めたまま黙り込むあたしに鬼道さんから戸惑いの色が伝わってくる、何と言うべきかと考えているようで沈黙の時間は長かった。
「…………今は、試合に出れない事ばかりかもしれない。だが練習を続けていれば、また奴等と戦う時が有れば、きっとお前も試合に出れる」
「……今は我慢して見てろって?」
「酷な事を言っているかもしれないが、フィールド内では分からなくても外からなら分かる事だって有る。それを今後のプレーに活かしていけば良いんだ。だから……」
其処まで言って鬼道さんは言葉を止めた、次に続く言葉をあたしに言うのを躊躇っているのかもしれない。
顔を彼の方へと向けて「だから……何?」と聞けば、また口を開いた。
「だから、……どうか、諦めないでほしい。俺はまた、練習だけじゃなく試合でも、お前と一緒にプレーがしたい」
鬼道さんはじっとあたしの目を見つめ、あたしも彼の目を見つめ返す。
暗い所に居るからレンズの奥に有る瞳は見えないけれど、きっと真剣なのだろう。
……こんな風におかしなあたしでも、まだ一緒にサッカーしたいって思ってくれてるんだ。
「…………アリガト、鬼道さん。」
小さな声でそう言えば、ちゃんと聞き取ってくれたらしい鬼道さんの表情が少し弛んだ。
「……居たいというのなら無理強いはしないが、ちゃんと身体を休ませるんだぞ」
「うん。おやすみ、鬼道さん」
「あぁ、おやすみ」
鬼道さんは立ち上がり、来た道を戻って行った。
途中で此方に振り返ってあたしを見たので小さく手を振れば、少し笑ってまた歩き出した。
後ろ姿が見えなくなるまで見送って、最初と同じように此処に居るのはあたしだけになる。
わざわざ探しに来てくれて、心配してくれて、言葉を選んで励まそうとしてくれたのだろう。
その心遣いは凄い嬉しい、仲間だって、友達だって思ってくれている証拠なんだろうな。
そんな優しい人が身近に居てくれるなんて自分は恵まれているのだろう。
──でも、
ね。
「逆効果だよ、鬼道さん」
もう、あたし、君みたいに考える事が出来無くなっちゃったんだ。
君の言葉は、重荷でしかない。
違えてしまった、分かり合えなかった
あたしの世界は、君の見ている世界とも、この世界とも、ズレてしまったんだ。
痛いぐらいに力を込めて膝を抱え、其処に顔を埋める。
息が、出来無い よ