04.手放した世界

躊躇いは判断力を奪うモノであり、迷ってしまえば成功など無い
だから、捨てるのだ

思い出に縋る 情を



……あれから、不動に連れられてキャラバンから離れた後。
不動が取り出したのは緑と黒で形成されたサッカーボール、それは嫌というほど目にしていたので何なのかはすぐ分かった。
だが何故不動がそのボールを、エイリア製のボールを持っているのかを聞いてもはぐらかされて終わってしまう。
ボールがふわりと浮き、まばゆい光が辺りを包んだので目を腕で覆って眩しさを凌ぐと、光が消えた時にはあたし達は屋外から屋内へと移動を終えていた。
か細い明かりしか無かった暗い場所から、天井からの人工的な明かりで室内中を照らしている場所へ。
凄い、コレがエイリア学園が使っていたモノなのか……一瞬で場所を移動出来てしまった。
状況を把握して周りを見回せば、目の前に広がっていた其処は。

「サッカー、フィールド……」
「此処が俺達のホームグラウンドだ」

芝のフィールド、真っ白なラインとゴール。
あたしが渇望していた場所の中央に今、立っていた。

「あたしも、今日から此処でサッカー出来るの……?」
「あぁ。けどそう焦んなよ、まずはこっちだ。ついて来な」

不動はボールを手に持ってフィールドを後にする。
今すぐにでも此処でサッカーしたいという気持ちも有ったが、彼の言う通り焦っても仕方無いだろうと思いついて行く。
去り際に視界にちらりと入った天井近くにそびえ立つ旗のような物が、何処かで同様の物を見たような錯覚を起こした。

(赤い、旗……帝国の?)

……そんなハズはない。
此処は自分もよく知っている帝国スタジアムでは無い事ぐらい一目見ただけでも分かっている。
ただ似ているだけなのだと思う事にして、少し先を行く不動を追った。



連れて来られたのはメンバーの居る所などではなく、簡素なベッドが置かれたとある小部屋。
まぁ真夜中だしな、起きているのはあたし達ぐらいしか居ないだろう。

「お前の部屋だ、此処に居る間は好きに使って良いぜ。出歩くのは自由だがさっさと寝とけよ」
「……不動、」
「あ?」
「…………何でもない」

聞きたい事は沢山有った。
まず此処は何処なのかとか、なんてチームに所属してるのかとか、どんなメンバーが居るのかとか。
でもきっとそれ等の疑問は朝になれば解消されるだろうから、口には出さず胸に留めておく事にする。
「じゃあな」と言って不動は去り、パタンと扉が閉められた部屋に一人残された。
窓の無い部屋はまるで牢屋のようだ……出入りは自由だというから牢屋ではないけれども、外界から切り離された空間に居るような気分になる。

「本当に、離れたんだな……」

皆と居たあの場所から。
ベッドに腰掛け、肩から提げていたバッグを自分の横に置く。
何気なくチャックを開けて中を漁ってみると、固いモノがコツンと手に当たった。
取り出したそれは……先程別れを告げた皆と撮った写真が入った木製の写真立て。
確か春奈が練習中、何か特別な事が有った訳でも無いのに記念写真を撮ろうと言い出して撮ったモノだ。
皆が笑っている姿が写された、大事な思い出の一つ。……だった、けれど。

「こんなの、ずっと持ってたって意味が無いんだ……」

あたしはあそこから離れたんだ、過去に縋り続けたって……縋りたくなってしまったら、駄目なんだ。
そうならない為には、前に進む為には……捨ててしまえば良い。
今すぐにでも繋がりを断ち切る為に、割ってしまえば──

「……ッ!」

写真立てを持った手を振り上げ、床に叩きつける。

ガチャン!

と、割れる音が響いた。


──ハズだったのに。


「……なん、で……」

今もまだ、写真立てはあたしの手中でその形を保っている。
叩きつけようと、したんだ。
なのに、……振り下ろせない。
身体が急ブレーキを掛けたみたいに止まって、腕が震えて、落とそうとしているのに離れてくれない。
…………まだ、捨てきれていないのか、振り払えないというのか。
決めたんだろ? 強くなるって、だから不動の手を取って此処まで来たんだろ? だったら叩き割って、無くして、もう思い出してしまわぬようにしないと。
じゃないと、逃げてしまうかもしれないから……あたたかな思い出に、縋りたくなるかもしれないから。
……身体が、心が、コレを壊す事を拒むというのなら。

「何処かに、捨てに行こう……」

振り上げたままでいた腕を下ろし落ち着け、写真立てを持ったままベッドから立ち上がって扉を開き部屋から出た。
前も後ろも分からないけど、人が生活している施設ならばゴミ箱だって有るだろう……何処でも良いんだ捨てられるのなら、目の届く範囲から見えなくなれば良いんだ。
そう思って、ひたすら捨て場所を探して廊下を進んで行く。

"彼方先輩"

早く捨てたい。

"侑紀ちゃん"

居なくなってほしい。

"彼方"

こんな、こんな幻聴、聞きたくない聞こえてほしくない、早く、早く、早く……!
頭を強く振りながらある角を曲がった直後、前を見ていなかったせいで突如目の前に現れた何かにドンとぶつかってしまった。

「うわっ、」
「えっ……!?」
「……え?」

声、が…………人の、声?
誰か他に起きていた人でも居たのか……? ならば謝らなきゃと思って顔を上げて、

「……君は……」
「なん、で……此処に、」

目を見開き、驚愕する。

「……佐久、間……源田さん……?」

其処に居たのは──今は東京の病院に居るであろう友人でありライバルでもある帝国のFWとGKの二人で。
だが以前と違うのは二人共髪が長くなっていて、佐久間は眼帯からも黒い光を宿した瞳が見えるようになっており、源田さんは右目の上に傷が出来て頬のペイントも形が異なっている。
驚きで開かれてあたしを見る目も、何処か以前とは違う鋭さを持っていた。

「本当に……彼方、なのか?」
「そう……だよ」
「何故此処に君が居る? 君は雷門の奴等と……鬼道達と、居たんじゃないのか」
「あたしは、不動に連れて来てもらって……君達だって何で此処に居るの? 入院してたじゃん……」

多少擦り傷などは今も見られるが、見舞いに行った時に見た包帯が巻かれていた足はしっかりと床を踏みしめている。

「……不動に連れて来てもらった、って事は……君も俺達のチームに入るって事なんだな?」
「……うん」
「此処がどんなチームなのか、知ってるのか?」
「まだ、聞いてない」

でも、二人が居るというのならもしかしたら……此処は帝国であって帝国ではない場所、なのかもしれない。
あの旗が似ていたのも、きっとそうだったからに違いないと思った。

「俺達の居る此処は、……影山が率いる、真・帝国学園だ」
「……影山、居るんだ」
「あぁ。それでも、良いのか」
「…………良いよ」

確かに影山は帝国が常に王者で在る為にと酷い事ばかりしてきた。
他校を潰したり、イナズマイレブンの事件や円堂のお祖父さんに豪炎寺の妹さん、雷門に関わる人達を巻き込んだり……鬼道さんも、帝国の皆も、沢山アイツの非道な手段で苦しめられてきた。
……だとしても、もう。

「過去の事、だから。例えアイツに従う事になったのだとしても……あたしは、強くなりたい。もっとサッカーしていたいんだ」

だから……コレも、捨てる。
手に持っていた写真立てを見せて自分の意思を告げれば、彼等は理解してくれたようである一点を指し示した。
其処へ行き、写真立てをその中へと手放す。
躊躇いはもう、存在しない。

ガチャン!

今度こそ、割れる音が響いた。



繋がりが途切れた音


「……アイツ等を、裏切ったって事か」
「そう、かもね。こんな奴が加わるなんて嫌?」
「ハッ、上等だよ。俺達が味わった苦しみ、思い知らせてやれば良い」
「……本当に、良いんだな」

その問いに頷き、ポケットに入れたままにしておいた携帯を取り出す。
何をするのかといえばただ一つ、電源ボタンを長押しして画面を真っ暗にしてしまうだけだ。
……これで、誰からも連絡が届く事は無い。

「後戻りなんて、しない」

思い出は、捨てていく。