05.褪せていく世界
瞬きをするのも惜しいと思うぐらい其処は鮮やかな世界だった。
人も建築物も自然もハッキリとした色彩で存在して、何もかもが輝いている世界。
其処に居るのが、居られる事が、幸せだと感じていたあの日々。
……そんな日々も有ったなと、その世界が徐々に褪せていくのをただ遠くで眺めている自分が、居た。
ドンドンと何度もうるさい音が聞こえ、意識が無理矢理浮上させられる。
何事だと重たい目を開けて布団から這い出し、扉を開ければ不動が其処に居た。
昨夜の私服とは違い、深緑色のユニフォームを着ている。
「よォ侑紀チャン、よーく眠れたか?」
「……アンタのせいで寝起きは最悪だけどな……」
「わざわざ起こしに来てやったんだろォ? ほら、コレ着てさっさと支度しろ」
不動が手に持っていた何かをあたしに投げて寄越す、それは不動が着ている物と同じユニフォームとその一式だった。
帝国の物と似てはいるが、色合いや袖のラインなどが違っているようだ。
「それがお前のユニフォームだ、準備が出来たら部屋を出な。……なんなら着替え、手伝ってやるぜ?」
「要らんわ」
「ハハッ、冗談だっつーの。んな怖い顔して睨むなよ」
……何なんだコイツ、昨日はちょっとだけ良い奴に思えたが実は変な奴なのかもしれない……本当にちょっとだけ思ったんだ昨日は。
まぁ改めて見ればかなり怪しいけど、髪型とか。
そんな事を思っていた間に不動は「早くしろよ」と言い、ひらひらと手を振って去って行った。
彼の姿が見えなくなり扉を閉め、手渡されたユニフォームを再度見る。
「コレが……今日から、あたしのユニフォーム。」
新しいチーム、新しい居場所。
だけど、差し出された手を取り連れて来てもらったといっても、元から居るメンバーにも上回る力でなければレギュラーにはなれないだろう。
……強く、ならなければ……強くなって、もっとサッカーをやっていきたい。
その為にあたしは此処に来た。
自分で居場所を、掴み取る。
意思を改めて確認して、ずっと着ていた雷門のジャージを脱ぎ捨て真・帝国のユニフォームに袖を通す。
あたしに与えられた、17番。
同じ番号のもう一つのユニフォームとは、此処で──さよならだ。
支度を終えて部屋を出ると、すぐ先の廊下に佐久間と源田さんが立っていた。
二人に近寄りどうしたのかと聞いてみれば、不動に言われてあたしを迎えに来ていたらしい。
昨夜の内に一通りこの場所については聞いていたので一人でも大丈夫なのだが、それとはまた違う話のようだ。
「他のメンバーと会う前に連れて行く所が有る」
「何処に?」
「影山の所だ。先に不動も其処へ行っている」
……影山の所、か。
このチームに居るならば奴に挨拶しておくのは当然だろう、別に会いたい訳では無いが断る理由も無いので素直に従う事にした。
二人が先を歩き自分もその後に続く、窓の無い廊下は電灯で照らされているが明るいとは言えない。
昨夜聞いた話だと此処は潜水艦の中らしく、今は海中に潜っているようで外の誰かが視認する事も無いそうだ。
まぁ影山は犯罪者でもあるし警察に見付からない為の策なのだろうな。
……そういえば世宇子中を率いていた時も、空に浮かぶスタジアムに身を隠して当日まで現れなかったっけ。
……済んだ事だしどーでも良いけど。
過去有った事よりも、大事なのは今なのだから。
ただひたすらに、力を求め、前に進むだけ。
「……フィールド?」
着いた場所は何処かの部屋ではなくサッカーフィールドだった。
てっきりモニターなどが沢山有る部屋に行くものだと思っていたから少し拍子抜けだ。
先に来ていた不動が此方に気付き顔を向け、あたしの姿を見てフッと笑う。
「まぁまぁ似合ってんじゃねーの?」
「そりゃどーも。……で、影山に会わすんじゃなかったっけ?」
「すぐ来るさ。ほら、後ろ」
不動が指差した入口の方に振り向けば、長身の男が姿を現しフィールドの芝を踏みしめる。
「新しく連れて来た奴が居ると聞いて来てみれば……君だったのかね、彼方侑紀」
影山、零治。
その姿は以前会った時と変わらぬままで、黒いサングラスの奥ではきっと今でも憎しみを抱えているのだろう。
あたしの目の前で立ち止まり、じっと視線を向けてくる。
「雷門を裏切ってまで力が欲しくなったか。確か君も私の考えを否定していたハズだが?」
「……サッカーがしていたい、だから力が欲しい。その理由に考えの違いなんて関係無いよ。」
「ほう……随分な変わりようだな。鬼道の横に居たというのに、奴の影響は無いとは」
「…………」
「……お前達は良いのか? 彼女はお前達の憎む、裏切り者の鬼道が居る雷門の仲間だった奴だぞ?」
今度はあたしにではなく、影山は佐久間と源田さんに問い掛けた。
二人は表情を変えぬまま自分の意思を告げる。
「確かに彼方は鬼道と居たが……だからこそ、奴を倒す為には好都合だ」
「彼女の覚悟に嘘は無い。俺達の勝利を確実なモノに出来るのなら、歓迎する」
「……フッ、そうかね。私も使える駒は多い方が良い、好きにしろ」
ニヤリとした笑みを浮かべ、影山が不動の名を呼ぶ。
頷いた不動は近くに有ったボールの元へ歩み、そのボールを佐久間へとパスして渡した。
佐久間は足でトラップしたボールをゴール前の広い場所まで転がしていき、止めてその場に立ちゴールを見る。
「……何、するの?」
「よーく見てなァ侑紀チャン。……よし、やれ佐久間!」
不動の合図に佐久間が頷き、一度深呼吸をして目を閉じる。
そして開いた次の瞬間、口元に指を持っていき、ピュイィと高い音を鳴り響かせた。
その動作で思い付くのはアレしか無い。
「まさか……皇帝ペンギン……!?」
「ただの皇帝ペンギンじゃあない。2号よりも圧倒的な力を持つ、1号だ!」
地面から現れたのは、あたしの知る青ではなく赤のペンギン達。
それ等は空高く舞い上がり、佐久間が後ろに掲げた右足へと噛み付いていった。
「うぉぉぉぉッッッ!!!」
雄叫びと共に、佐久間が右足を力強くボールにぶつけて蹴り抜いた。
足から離れ飛翔したペンギンは、宙で激突したボールと共に真っ直ぐゴールへと向かっていく。
凄まじい音を立ててネットを大きく揺らしたその技は、今まで見てきたどの技よりも威力が桁外れであると感じた。
……なんて、凄い、力。
「……今のが、佐久間が手に入れた圧倒的な力だ」
「あんな、力が……」
「欲しいだろォ? お前も、あんな力がさァ!」
「……ほし、い……アレさえ有れば、あの力が有れば……!」
全身が震える程に、魅了された。
あの力が、欲しい。
アレと同じ位の、自分の存在を示せるモノを、強い力を……!
「くれてやるよォ! お前も、こっち側に連れてってやるからさァァ!!!」
不動があたしの手を引き自分の胸元に当てた瞬間、紫色の光が視界を埋め尽くすぐらいに輝いた。
ドクンと伝わる鼓動。
何かが流れ込んで来る感覚。
意識が、朧気になって──
……頭をよぎったあの日々は、もう色鮮やかには映っていなかった。
色の抜けた世界に、もう価値は無い
意識が浮上する。
身体中を何かが満たしている、今まで無かったモノが巡っている感覚だ。
……今なら、今の自分なら、何だって出来るような気さえする。
なんて心地が良いのだろう。
「……あぁそうだ、そういえばまだ言ってなかったよな……」
ぽつりと呟けば、不動はあたしの手を離し満足そうな笑みを浮かべている。
そんな不動と、同じく笑みを浮かべる影山と、傍に居た源田さんと、……身体を押さえ苦しんでいる佐久間へと、順に顔を向けて。
「おやすみ。そして、おはよう」
さっきまでの自分へと。
新しい自分で迎えた、新しい朝へ対しての。
挨拶を、続く言葉を、贈った。