07.絶望世界

「お掛けになった電話は、電波の届かない所に有るか、電源が入って──」

プログラムされたアナウンスを全て聞き終える前に電源ボタンを押し、パタンと携帯を閉じる。
何処に居るのかとメールも送った、今みたいに何度も電話を掛けた。
けれど一度もアイツからの応答は無く、返って来るのは変わらない音声と、虚しさだけ。
瞳子監督の言った通り、捜索は響木監督と鬼瓦さんに任せておくべきなのだろう。
自分達のするべき事は、より強くなってエイリア学園を倒す事だ。
欠けたメンバーは全国を巡りながら集めていく、それがこの旅の目的であったハズ。
……それでも、何かせずにはいられなかったんだ。
応答が無いと分かっていても、「もしかしたら通じるかもしれない」という思いが自分を突き動かす。
練習の時には彼女の姿を探してしまう、移動の時には隣の温もりを確かめてしまう。
此処にはもう、居ないのに。
また自分の名を呼んでほしいと、願ってしまうんだ。

「……彼方……」



今日の練習は誰もが普段よりも成果を発揮出来ておらず、単純なミスが目立ち連携も上手く噛み合っていなかった。
頭では理解していても未だ割り切れてはいないのだろう……まぁ俺も、その一人だった訳だが。
こんなにも、虚しさで満たされたのは豪炎寺が抜けた時以来だろうな。
夜も更けて、寝袋に包まって身体を休めようとしているのになかなか寝付けない。
同じ思いを抱えていても休んでいる者は居る、早く自分も眠らなくてはと思うのに、目を閉じれば彼方とのやり取りを思い出してしまって目を開けてしまう。
俺が追い詰めてしまった、昨夜の事を。

(……もっと、他に言い方が有っただろうに……俺は……!)

後悔ばかりが浮かんでしまう。
あの時声を掛けなければ、他の言い方が出来ていれば、アイツを一人にしなければ……!
そんな事ばかり思った所で彼方は帰って来ないのに、自分を責めずにはいられない。
雷門に来て良かったと思えたのは円堂達とサッカーが出来るからなのは勿論だが、日々の生活で彼方がすぐ傍に居てくれたのも理由の一つなのに。
それを俺は、自らの手で……離して……

(……駄目だ。このまま同じ事を考えても仕方無い……眠らなくては……)

気持ちを切り替えようと頭を振り、眠りにつく事だけを考える。
明日になったら行方が分かるかもしれない、もしかしたら稲妻町に戻っているのかもしれない。
そうしたら、戻った時に会いに行こう……だから今は眠ろうと、再び目を閉じた。



移動中の車内。
瞳子監督の携帯が着信を告げる音を鳴らし、監督がメールの内容を読み上げる。
俺達はその内容に耳を疑った。

「影山が脱走し、愛媛に真・帝国学園を設立した……!?」
「なっ……」
「何だって!?」

影山が脱走した上に、真・帝国学園という新たな学校まで……? 奴は一体、何をしようとしているんだ。
中学サッカー協会の副会長であり帝国学園の総帥だった影山零治は、勝つ為には手段を選ばず卑怯なやり方ばかりをして栄光を掴み取っていた。
FFで世宇子中を率いていた時も、神のアクアという人道を外れたモノまで作り出して彼等の肉体に影響を与え……帝国の皆も、その世宇子に敗れ大怪我を……まだあんな事を、サッカーへの復讐を続けるつもりならば、このままにして良いハズが無い。

「よし、愛媛に行こう!」
「あぁ、影山のやろうとしている事をぶっ潰そう!」
「そうよ! アイツを許しちゃいけないわ」

稲妻町へ向かおうとしていたキャラバンは愛媛へと進路を変えて走って行く。
影山が過去に何をしてきたのかをキャラバン入りしたメンバーに伝えながら、俺は考えていた。
奴と繋がりが深かったのは俺だ、ずっと奴を信じていたせいで数々の悪行にも手を貸してしまった……対戦校を潰す事だってしてしまったんだ。
俺にも責任が有る、俺が……奴を止めなくては……!


まーたそうやって一人で抱え込む
無理しちゃ駄目だよ、鬼道さん



「……っ!?」
「? どうしたんだ、鬼道」
「…………いや……何でも、ない……」

今、のは……気のせい、だよな?
アイツの、彼方の声が聞こえた気がして隣を見たが、在るのは空席と不思議そうに此方を見ている塔子だけだ。
……切羽詰まり過ぎて幻聴まで聞こえてきたなんて、な……情けない。
とにかく今は、影山の企みを止める事だけ考えなくては。
そう新たに思い直し、聞こえた声を振り払い……前を向いた。



「何だよいきなり!?」

愛媛に着きコンビニで休憩を取っていると、外から円堂が誰かにそう言っている声が聞こえてきた。
何事だと外へ出てみれば見慣れない男が其処に立っている……何だアイツはと思っていると、監督が男の前に出て話し始めた。

「君、真・帝国学園の生徒ね。……人を偽のメールで呼び出しておいて今頃現れるの?」
「えっ? 監督、偽のメールって……」
「そもそも、此処愛媛まで私達を誘導した響木さんのメールが偽物だったの。もう確認済みよ。すぐに分かるような嘘、何故吐いたの?」

監督が男にそう問い掛ければ、男はフッと笑い自分が不動明王という名である事や偽のメールを出した理由などを答えた。
狙いは何なのかという問いにも、真・帝国学園へ招待する為だと答え……俺を見る。

「アンタ、鬼道有人だろ。……ウチにはさァ、アンタにとってのスペシャルゲストが居るぜ」
「スペシャルゲスト?」
「あぁ、かつての帝国学園のお仲間だよ」
「何……っ!?」

……有り得ない、影山の汚さを身をもって知ってる帝国学園イレブンが、アイツに従うハズが無い……! そんな事有る訳が無いと、拳を強く握り震わせたまま不動に問うた。

「誰が居るというんだ、誰が!?」
「おいおい、教えちまったら面白くないだろ? 着いてからのお楽しみさ」

不動は此方の怒りなど飄々と受け流し、至極楽しそうに笑みを浮かべる。
こんな奴の言う事を信じたくはないが、もし本当に奴の言う通り帝国の誰かが居るのだとしたら……一緒に戦ったアイツ等が影山に従うハズがないと、信じたい、のに……確証が持てなくて不安が襲う。

「ほら、さっさと行こうぜ? 向こうで総帥がお待ちかねだ」
「くっ……」

鬼道、と円堂が俺の肩に手を乗せ、行こうと促す。
……そうだ、早く確かめなくては……落ち着くんだと自分に言い聞かせ、不動を加え俺達を乗せたキャラバンは走行を再開した。
市街地から離れ埠頭へと移動したキャラバンは、不動の指示で門を抜けた先に有る倉庫が立ち並ぶ場所へと誘導される。
だが降りた場所に学園を象徴する建物など何処にも無く、目の前には広大な海が広がっているだけだった。

「何処にも学校なんか無いじゃないか」
「テメェ! やっぱ俺達を騙したのか!?」
「短気な奴だな。真・帝国学園なら……ほら、」

そう言って不動が海を指し示すと、突然海が膨れ上がるようにして何かが海中から姿を現した。
それこそが、真・帝国学園──学園だという事を象徴する旗をなびかせ、巨大な潜水艦が先端から浮上して海へと着水する。
天井を大きく開きグラウンドを現したそれに、俺達は皆驚愕で言葉が出なかった。
コレが、真・帝国学園だというのか……
すると側面に有った小さな扉が開き、中から自動で階段が此方へと掛けられた。
階段の先に居たのは……以前会った時と変わっていない、影山。

「久し振りだな円堂、それに鬼道」
「影山ぁぁ!!」
「……もう総帥とは呼んでくれんのか」
「くっ……今度は何を企んでるんだ!?」
「私の計画はお前達には理解出来ん。この真・帝国学園の意味さえもな。……私から逃げ出したりしなければ、お前には分かったハズだ」
「俺は逃げたんじゃない! アンタと決別したんだ!!」

影山へと俺の怒りと意思をぶつける、もうアンタの言いなりじゃあないんだという意味も込めて。
奴は不敵な笑みを浮かべたまま、瞳子監督の問いにも「エイリア皇帝陛下のお力を借りてるのは事実だ」と答えた。

「さぁ鬼道、昔の仲間に会わせてやろう」
「待て影山!!」

奥へと姿を消した影山を追い駆け、俺は階段を上って行った。
昔の仲間? 本当に帝国の誰かなのか……?
誰が居るというんだ、嘘であってくれ……! そう願いながら、後を追って来た円堂と、ゆっくりとやって来た不動と共に影山の後に続いた。
潮風の届くグラウンドへとやって来て、影山は立ち止まり此方を振り返る。

「鬼道。……自分の愚かさを悔い、再び私の足元に跪いた仲間を紹介しよう!」

顔を上げ、その姿を確認し──目を見開き、言葉を失った。
そんな、まさか。

「……源田に……佐久間……!?」

観客席の高台に居た二人が此方へと跳び着地する。
姿が多少変わってはいるが、それは確かに……俺と共に戦ってきた、佐久間と源田だった。
その二人が、真・帝国学園のユニフォームを着て俺達の前に立っている。
……嘘、だろう?
何故、何故お前達が此処に、影山の所なんかに……!

「あ、そうそう。もう一人居たのを忘れてたぜ」
「もう……一人……?」
「出て来いよォ、──侑紀チャン」

不動が反対側の入口に向けて、名前を呼ぶ。
アイツと 同じ、名を。
そして──

「…………う、そ……だろ……?」

信じたくない事実が、今目の前で広がっていた。



認めたくない絶望の、始まり


暗闇から姿を現したその人物は、ゆっくりと歩を進め二人の間で立ち止まる。
伸びた髪、光を宿していない瞳、佐久間と同じユニフォームを着ていて……けれど、確かに其処に居るのは。
俺達の前に、現れたのは。

「……嘘だ、嘘だ嘘だ、嘘だ!!!」

彼方、だなんて。