09.羨望世界
地上での呼吸が困難になったソレは水中へと身を投じた
此処はあの場所とは違い自由に動く事が出来る
此処でなら何処へでも行ける
ずっと泳いでいられる
そう思いソレは泳ぎ続けた
何処までも 深く 深く
──息は いずれ 尽きるのに
「どうだったよ? かつての仲間との再会は」
控え室に戻る途中、不動があたしに声を掛ける。
もしかしたらそれはあたしだけでなく前を歩く二人にも向けたモノだったのかもしれないが、二人からは何も発せられなかった。
「見物だったよなァ、あの鬼道有人のなっさけない顔! 頭まで下げちゃって……あーおっかし」
「……下らない事ばっか言ってないで試合に集中しろよ。此処の司令塔なんだろ」
「分かってるって。何の為にお前等を集めたと思ってんだ、当然勝ちに行くっつーの」
控え室の扉を開けると、中に居たメンバーが此方を見た。
先に入った三人に続くようにあたしも中へ入り扉を閉め、指示を出す不動の言葉に耳を傾ける。
「良いかお前等、俺達が手にするのは勝利だ。敗北なんざ許されねぇ、勝つぞ!!」
「「おぉ!!!」」
「その為には日柄、お前の代わりに右サイドはコイツを入れる。良いな」
「分かった」
「……っつー訳だ、しっかりやれよ? 侑紀チャン」
不動がニィと笑いながらあたしの肩を叩き、メンバーもあたしを見る。
分かってる、勝つ為に得たこの力を出し切る事こそがあたしに与えられた役割。
「勝ち取れた場所を無駄にはしない。全力でぶつかってやる……!」
時間だ、と不動が告げ、順々に控え室から出てフィールドへと向かう。
佐久間と源田さんがあたしと並び、「やるぞ」と声を掛けた。
「あぁ、行こう」
勝つ為に。
雷門を、潰す為に。
フィールドへ足を踏み入れると、既に待機していた雷門の奴等が此方を向いた。
あたしの姿を視認したメンバー達は、どうして、何故、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。
誰かが名前を呼んだ気がしたが、無視して自陣のベンチへと向かった。
応えた所で、話す事なんて何も無いし。
各々が準備を済ませた頃に試合開始の合図が入り、自分のポジションにつく。
向こうの配置は特に変わった様子は無い……雷門ならではの戦い方を貫くのだろう、それなら把握している分攻め易い。
コイントスの結果此方からのキックオフになり、ピィーっとホイッスルがスタジアム全体に鳴り響いた。
ボールを受けた不動が前へと持ち込み走って行く。
「佐久間、見せてやれよ! お前の力を!!」
並んで走っていた佐久間へと不動がパスを出し、佐久間は受け取ったソレを一旦足で固定し、ゴール前で動きを止め前を見据える。
目を閉じ深く息を吸い……そして、
「うおおおぉぉぉッッッ!!!」
指笛をピュイイィと鳴り響かせ、地面から五体の赤いペンギンが飛翔した。
「……! やめろっ、佐久間!! それはっ、禁断の技だぁぁッッ!!」
鬼道が佐久間の元へ駆け出し手を伸ばすが、彼には届かない。
ペンギンは佐久間の掲げた右足に喰らい付き、叫びと共に打ち放たれた。
「皇帝ペンギン……ぐっ……1号ォォッッッ!!!!」
ボールと共に力強くゴールへと飛翔するペンギン達。
佐久間は技の反動で苦しみの声を上げ、身体を抱えるようにしてフィールドに足をついた。
「ゴッドハンド!!」
円堂が防ごうとゴッドハンドで対抗するが、ペンギン達の勢いは一層増していき、黄金に輝く手を貫き砕いた。
「うわあぁっ!!」
その勢いのまま、ボールは円堂ごとゴールへ突っ込んで行く。
得点を告げる音が鳴り響いた。
「ほほォッ! 素晴らしい!!」
まずは、一点。
不動もその歓喜から声を上げる。
技をマトモに食らった円堂のダメージは大きいらしく、片膝をついたままなかなか立ち上がらない。
荒い息のまま身体を起こした佐久間に鬼道が声を掛ける。
「佐久間……お前、何故……」
「……ヘッ……見たか鬼道、俺の皇帝ペンギン1号!」
「二度と打つな! アレは禁断の技だ!!」
「怖いのか……? 俺如きに追い抜かれるのが!」
「違うっ! 分からないのか!? このままでは、お前の身体は……!」
「敗北に価値は無い。勝利の為なら、俺は何度でも打つ!!」
そう強く言い放った佐久間は鬼道の横を通り此方側へ戻って来て、不動が声を掛ける。
「その調子だ佐久間、次も決めろよ」
「はぁっ……あぁ、分かっている」
佐久間の背を悲しげに見ていた鬼道と目が合い、彼はあたしに何かを言おうとしたが……聞く前に顔を背け、自分のポジションへ戻った。
話す事など、何も無いから。
雷門メンバーも定位置に戻り試合再開の音が鳴り響いた。
今度は鬼道がドリブルで上がって行き、彼の横から染岡と一之瀬が駆け上がって行く。
あの陣形は間違い無く、アレだ。
「思い出せ! コレが本当の皇帝ペンギンだ!!」
鬼道が指笛を響かせ、蹴り上げたボールと共に地面から現れた青いペンギンも飛翔する。
真っ直ぐ飛ぶボールを染岡と一之瀬が同時に蹴りつけ、勢いを得たソレは宙を舞い源田さんへと向かって行く。
皇帝ペンギン、2号。
コレならイケると思ったのだろう……が、彼にそんな技は無意味だ。
「ビーストファング!!」
源田さんは余裕の笑みで向かって来るボールに身構え、両の手で牙が獲物を捕らえるようにボールを捉えた為、雷門の得点にはならなかった。
その直後、源田さんも技の反動が肉体を襲い……呻き声を上げ、その場に膝をつくように崩れ落ちる。
まさかビーストファングまで……そう鬼道が呟き、会話する雷門の声が聞こえてきた。
……あの様子だと、作戦内容は佐久間にボールを渡さない、源田さんに技を使わせないようシュートを打たないようにする……といった所だろうか。
だがシュートが入らなければ勝てない、そんな作戦でどうするつもりだ? ……そのまま、大人しく負けてしまえば良いのに。
不動の元へ行き、向こうの作戦内容を伝える。
「……なーるほど。出来もしない作戦なんか立てて、相当追い込まれてるみたいだなァ鬼道クンは」
「佐久間に対するチェックは厳しくなる。連続してやらせるのか?」
「奴等はまだ知らねぇ、皇帝ペンギン1号を使えるのが佐久間だけじゃないって事に……出番だぜェ、侑紀チャン」
「……分かった」
佐久間にボールを集めると思わせておき、隙を突いて突破する。
その作戦通り進めるべく不動が佐久間へパスをすると、吹雪が佐久間を行かせないようチェックに入り、一之瀬がカットして染岡へと繋げた。
けれど染岡は源田さんに技を使わせないようにとシュートを躊躇いボールを回すだろう……其処が狙い目だ。
「っ、くそっ!」
「郷院!」
「なっ、しまった!!」
不動の指示で、染岡が風丸にパスしようとしたボールを郷院がカットする。
そのボールを不動へ戻し、あたし達中盤メンバーは一気に雷門サイドへと駆け上がって行く。
「行かせるもんか!」
「小鳥遊!」
「あっ……!?」
塔子が不動を止めようとする前に小鳥遊へパスを送り、小鳥遊が受けたボールはダイレクトパスで前線を駆けるあたしへと回される。
あたしが攻めて来た事でたじろいだのか、DF陣は上手く機能せず簡単に突破する事が出来た。
完全フリーで円堂と対峙し、一旦ボールを止めて前を見据える。
「彼方……っ」
「受けてみろ円堂! コレが此処に居る意味、雷門じゃ得られなかった力だ!!」
佐久間と同様にピュイィと指笛を鳴り響かせ、地面から飛翔した赤いペンギンが掲げた右足に喰らい付く。
痛みに顔が歪むが、構わず蹴り抜く……!
「嘘だろ……っ!?」
「やめろっ、彼方──ッッッ!!!!」
「皇帝ペンギン、1号ぉぉぉぉぉッッッ!!!!!」
宙を舞ったソレが円堂へ真っ直ぐに向かって行く。
円堂がゴッドハンドを繰り出したが、そんなモノじゃこの力は止められやしない!!
「く……っ、うわあぁぁッッ!!!」
輝きは砕かれ、ボールは円堂諸共ゴールへと突き刺さる。
二点目を告げる音が響き、あたしは歓喜に震え拳を握った。
──その直後、身体中に襲う、激痛。
「う、あああぁぁぁッッッ!!!」
立っていられず身体を押さえてその場に膝をついて崩れる。
痛い、痛い! 痛い……!!
だけど、この力だ、この力をもっと使えば……! そう思い、自然と笑みが浮かぶ。
「彼方、お前まで……!」
鬼道があたしに近付き手を伸ばそうとしたが、その手が触れる前に足を立たせ彼から離れる。
触るなと睨み付ければ、近付いた距離は再び開いた。
「っ、目を覚ませ! 自分の身体を犠牲にした勝利に、何の価値が有る!? 彼方! 佐久間!! 源田!!!」
「……分かってないのはお前だよ、鬼道」
「勝利にこそ価値が有る。俺達は勝つ! どんな犠牲を払ってでもなぁ!」
「そうだ、その為なら何だってしてやるさ……!」
痛みで息が上がり動かし難い足を、何とか前へ進ませ自分の定位置へ戻る。
リスタートされ雷門ボールだったが、不動があっさりとソレを奪い余裕の歩みで鬼道の元へ行く。
「説得なんて無理ムリ。奴等は心から勝利を望んでいる、勝ちたいと願ってるんだ」
「ッ!」
不動がボスンとボールを蹴り、鬼道へと寄越した。
「シュートしてみろよ」
「……くっ……っあぁッ!!」
憤りをぶつけるように鬼道がボールを蹴り上げる。
そのボールを不動は胸で軽々とトラップし遊ばせ、ニヤリと笑みを浮かべた。
不動がドリブルで駆け出し、鬼道が追い掛け激しくチャージを仕掛ける。
「何故だ! 何故アイツ等を引き込んだ!!?」
「俺は負ける訳にはいかねーんだよォ!!」
激しいボールの競り合い。
互いに一歩も譲る事無く全力をぶつけていく。
額同士がぶつかり一旦下がるが、次の瞬間には互いの利き足でボールを蹴り合い──
「うあぁぁ!!」
「くうぅぅ!!」
拮抗する力が加わったボールはその力を纏い、天高く真上に弾かれていった。
その時ちょうど、前半が終わった事を告げる二度の笛の音がフィールド全体に響き渡り、ボールが落下して来たのを境にメンバーそれぞれが自陣のベンチへと歩いて行った。
「……っ、侑紀……!!」
あたしも戻ろうと足を踏み出そうとした時、名前を呼ばれたので振り返る。
呼び止めた主は塔子であり、胸に手を置き訴えるようにして問う姿に目を細めた。
「なぁ侑紀、何でだよ!? 何で、そんな力になんか……っ」
「……奪われたからだよ。」
「え?」
「走る場所を奪われた。どんなに頑張っても其処には届かない、走れない。……だから、違う道を選んだ」
愛していたよ、その世界を。
愛していたよ、君の温もりを。
……だけどそれは、全て……過去。
「お前が居なければ、あたしは走っていられたんだ! 目の前に在るのに届かない悔しさが分かるか!? 何度も何度も挫けそうになる自身を壊さないようにしていた思いが分かるか!? ……居なければ良かったんだ……お前となんか、出会わなければ良かったんだッッ!!!」
「──ッ!!」
自分の中に在ったどす黒い感情をそのまま、彼女に向けて吐き出した。
青い瞳が揺れる、悲しさと今にも零れ落ちそうになる涙を湛えて。
再び背を向け、荒い息が整わないままベンチへと歩き出す。
これで良い……もうあたしに声を掛ける事など無いだろう。
清々した。
眩しくて羨ましかった君を、今。
この手で、壊せたのだ。
手に入らないのなら、壊してしまえば良いと
「…………は……っ、はぁ……」
苦しい。
呼吸が満足に出来無い。
それは禁断の技の影響なのだが、何故だろう……自分は、それだけでは無い気がしてしまう。
終えたハズの苦しさが襲い掛かるのは何故だ、意思に反して動きを鈍らせるコレは何なのだ。
もう何も無い、全部捨てた。
捨てたんだ、何も無いんだ……!
……なのに、息が、詰まる。
「なん、で……どうして……」
捨てたハズの、笑顔に。
壊したハズの、笑顔に。
侑紀っ!
塔子!
涙が、出そうに、なるんだ。