10.消失世界

ぜぇはぁと肩で息をする。
もうヘバってるのかと問うた不動に大丈夫だと伝え、後半もこの力を使い必ず勝つと三人で宣言した。
そう、勝つ為に此処に居る、余計な感情など必要無い。
躊躇うな、出し惜しむな、掛けられた言葉に惑わされるな、自分の走る場所は此処なのだから……!
ふらつく身体を押さえながら、再びフィールドへ歩んで行く。



後半開始の笛の音が響き、雷門ボールのキックオフで試合は続いていく。
此方側へ駆けて来るのは吹雪……しかも気の強い方だ、点を取りに行く作戦に切り替えたのだろう。
奴が相手だと厄介だと思いチャージを仕掛けたが、易々とあたしを避け不動のスライディングも力押しで突破して行った。
その時のルーズボールを染岡が受けて上がる、彼の行く手には郷院と竺和が立ちはだかった。

「くっ、」
「打たせろ!」
「っ!?」
「シュートは源田が止める」

不動の指示通り、二人は道を開ける。
シュートコースが開いたというのに染岡は打つ事を躊躇う、源田さんに技を使わせてはいけないという思いが邪魔をするのだろう。
そのままパスを回すなりして点を取れなければ良い、そう思っていたのだが……何かを決めたような表情を見せた後、染岡はワイバーンクラッシュを繰り出した。
ボールは源田さんに真っ直ぐ向かい、取ってやると彼が構えようとした次の瞬間、ボールは軌道を変え右サイドへと向かって行く。
シュートミスかと其方に目を向ければ、其処にはサイドを勢い良く駆け上がっていた吹雪の姿。

「っ、ビースト、」
「遅ぇよ!!」

向かったボールをダイレクトに、吹雪はエターナルブリザードでゴール目掛けて打ち込んだ。
その素早さに源田さんは追い付けず、二人の技が加わったボールは大きくネットを揺らした。

「やったぁ!」
「ビーストファングを出させず、本当にゴールを決めちまいやがった!」

失点……して、しまった。
まさか、奴等がこんな動きをするなんて……だがまだ時間は有るんだ、追い付けないように此方も得点すれば良いだけ。

「もういっちょ行くぜぇ!!」

リスタートしたボールを染岡が奪い、ドリブルで此方へ駆けて来る。
奪わなければと走り出そうとした時、不動が染岡の右足首目掛けてスライディングを仕掛けた。

「くらえぇ!!」
「うあぁぁっ!!」

それは見事に当たり、彼はその痛みから声を上げてその場に倒れ込んだ。
流石に今のは反則と判断され、不動に対しイエローカードが突きつけられる。

「悪いわるい。まさかこんなのも避けられないとはねェ」
「テメェ今のわざとだろ!」

ニヤニヤとわざとらしい言葉と笑みで謝罪をする不動に吹雪が突っ掛かり拳を振り上げた。
だが染岡が「止めろ」とその行為を制す。

「殴ったら、お前が退場になる! 吹雪!!」
「……っ」

左頬を差し出し、どうぞ殴れば? と挑発する不動に対し、吹雪はそれ以上文句を言う事無く拳を引いた。
此方へ来た不動に声を掛ける。

「……何も、其処までやる事無かったんじゃないのか? イエローを貰うだなんて……」
「はぁ? お前、ソレ本気で言ってんのかよ」
「……どういう意味?」

不動はあたしの肩をぐっと掴み引き寄せる、先程までのふざけた表情とは一変して鋭い視線が向けられた。

「勝つ為だ、それでイエロー貰おうが向こうの誰が怪我しようが関係無ぇ! ……もしかしてお前、今更向こうに情が戻ったんじゃねぇのかァ?」
「なっ、違う!!」
「だったら構わず続けろ、奴等をぶっ潰せ!!」

自分の役割を忘れるな、そう耳元で告げ彼は離れて行った。
……違う、情なんて移ってない……奴等は敵だ、自分のチームは此処だ、勝つ為に戦っているんだ……!
交代はせずに試合を続行する染岡を見れば、息を荒げながらも戦い続けようという意思が伝わって来た。
何故、そんな怪我を負ってまで……分からない、いや構うな、続けるんだ! 試合に集中しろと、疑念が浮かぶ前に頭を振る。

「走れ彼方!」

不動の言葉と小鳥遊から回されたボールを視認し、駆け出す。
ソレを受け取り佐久間へとパスを出そうとするが、その手前で塔子が行く手を阻んだ。

「行かせないよ!」
「っ、お前、」
「あたし、諦めないから。どんな事を言われても、やっぱりあたしは侑紀が好きだ! 絶対に連れ帰る、もう一度一緒にサッカーやる為に!!」
「……!!」

泣き顔なんて、無い。
壊したハズの笑顔が今も其処に在る、強い意思を宿した瞳が真っ直ぐ射抜くようにあたしを見詰めている。
彼女の言葉に一瞬の隙が生まれてしまい、ボールは奪われ雷門側が再び此方側へと駆け出して行った。
塔子から鬼道へ、鬼道から一之瀬へ、そしてそのボールは吹雪へと渡りエターナルブリザードが繰り出される。
先程と同様その動きは素早いモノで、カウンターに対応出来無かった彼もビーストファングを出す事無くネットへの侵入を許してしまった。
得点を告げる音が鳴り響く。
これで、二点目……追い付かれて、しまった。

「ぼさっとしてんじゃねぇぞテメェ等ァ!!」

再開されたと同時に不動が叫び、チーム全体にそう叱咤する。
ドリブルで上がる彼に一之瀬が立ちはだかる、先を行っていた佐久間には土門が道を塞いでいた。

「佐久間には、ボールを出させない!」
「へっ、良い子ちゃんは引っ込んでなァ!!」
「うわあっ!!」
「一之瀬!」

不動はフェイントを仕掛けるのでもなく、ボールを一之瀬の身体にぶつけ彼を吹っ飛ばして突破した。
こぼれたボールは佐久間の元へと転がって行き、自分の目の前に来たソレを見て彼は皇帝ペンギン1号を発動させる。

「皇帝ペンギン、」
「やめろおぉぉ!!!」
「1号!!!」

飛翔した赤いペンギンが掲げた右足に喰らい付き、宙へと放たれる。
直後、彼は「ぐああぁぁぁッッッ!!!!」と全身に襲う痛みで叫び声を上げた。
ゴッドハンドでは防げないと判断した円堂はマジン・ザ・ハンドの体勢に入るが、アレは発動まで時間が掛かる……イケる、三点目が得られる!
そう、思ったのだけれど。

「くっ、うおぉぉぉ!!!」
「……!!?」

鬼道が、円堂に迫るボールを自らの左足で受け止めたではないか。

「っあぁ、ああぁぁッッッ!!!」
「お兄ちゃん……!!」

衝撃を防ぎ切れず弾き飛ばされる鬼道、だがそれが時間稼ぎとなったらしく円堂はマジン・ザ・ハンドを発動させてしまった。

「負けて、たまるかぁ!!」

光り輝く魔神が円堂から姿を現し、その右手で佐久間のシュートを力強く受け止める。
こぼさないようにと両手でボールを地につけた事で、得点の可能性は失われてしまった。

「っは、ぁ、」
「っ、円堂、大丈夫か!?」
「ぅっ……そっちこそ、」
「大丈夫だ……! だが……」

二人が佐久間の方を向いたのを見てあたしも彼を見る、佐久間は激しい痛みに息を荒げながらも足に力を込め立ち上がった。

「はぁっ、は……ッ、次こそッ、決める……!!」
「もう止めろっ、これ以上打つな!」
「止める訳にはいかない……」

佐久間が一歩踏み出す。
その時、グシャリと砕け散ったような音が、近くに居たあたしの耳にも響いて来た。
佐久間の前に出た鬼道は彼の両肩を掴み、訴える。

「っあぁぁ!!」
「何故分からない!? サッカーが二度と出来無くなるんだぞ!!」
「、分からないだろうなぁ、鬼道……俺はずっと羨ましかった。力を持っているお前は先へ進んで行く、俺はどんなに努力しても追い付けない……同じフィールドを走っているのに、俺にはお前の世界が見えないんだ……!」

鬼道を右手で突き放し、狂気染みた笑みを浮かべたまま佐久間は言葉を続ける。

「だが、皇帝ペンギン1号が有ればお前に追い付ける! いや追い越せる!! お前すら手の届かないレベルに辿り着けるんだ……!!」
「くっ……もう、止めてくれ佐久間……っ、なぁ、彼方!!」
「っ!?」

鬼道があたしの両肩を掴む。
咄嗟の事だったので反応出来無かった、彼はそのままあたしに向けて言葉を発していく。

「お前も、佐久間と同じ気持ちなのかもしれない……だがっ、お前のやりたかったサッカーは本当にこんなモノだったのか!?」
「な、に……」
「ずっと言っていたじゃないか、共に強くなりたいと! どんな強い相手だろうと最後まで諦めないサッカー、それがお前の続けたいサッカーだと! 一緒に走りたいと!! そう笑って教えてくれたじゃないか……っ!!!」

あたしが、本当にやりたかったサッカー……だと……?
何だ、ソレは、そんなの知らない! あたしは強くなりたくて、誰にも負けない力を得たくて、ずっと走っていたかっただけ……!!


──ほんとう、に?


「忘れてしまったのか!? 無くなってしまったのか!? なぁ、彼方!!!」
「……う、るさい!! 黙れ黙れだまれぇぇぇッッッ!!!」

鬼道の身体を強く突き放して駆け出す。
何だ、何なんだお前等は、どうしてこうもあたしの調子を狂わせる!?
息が苦しい、身体だけじゃない、心も痛い、酸素が行き届かなくて視界が歪む……!

「おぉらあァァァ!!!」

円堂が塔子へとパスしたボールを不動がスライディングで奪い取る。
不動はすぐにソレを佐久間へ回し、一之瀬のマークを振り切りボールを受け取った佐久間はゴールへと身体を向けた。

「コレで決める!!!」
「止めろ佐久間ぁぁ!!!」

佐久間の方へ駆け出した鬼道を阻むように不動がぶつかり、佐久間は皇帝ペンギン1号を発動させる。

「ぐぅっ、ぅああぁぁぁッッッ!!!!」
「佐久間あぁぁ!!!」

佐久間の全身から砕かれる音が響く。
ゴール前へ出た鬼道の眼前に迫ったボールが、今にもぶつかろうとした時──染岡が、怪我をした右足で、ソレを防いだ。

「ぐっ、うあぁぁッッ!!!」

衝撃で弾き飛ばされ、フィールドに倒れる染岡に駆け寄る土門と鬼道。

「染岡!!」
「お前っ、」
「ぅっ……残しといて、良かっただろ…………なぁ、彼方……」

染岡があたしへと声を発する。
弱々しい笑みを、浮かべながら。

「お前のサッカーは……こんな風に、汚して良いモノじゃあ、なかったろ……?」
「っ……!?」

そうあたしに告げると、染岡は意識を失い瞳を閉じた。
……あたしの、サッカー。
ずっと、続けたかった、モノは。

「あ……あ、あぁぁ……っ」

目の前でこうして、誰かが傷付くモノじゃ、なくて。
誰かが犠牲になって得る勝利でも、なくて。
どんな相手でも、共に手を取り合い強くなって、最後はお互いに笑い合える……そんな、モノ。

……そう、だった。

「あたし、が……本当に、やりたかった事は……っ」

ただもう一度走りたかった。

…………いや、それだけじゃ、ない。


「ただもう一度、皆で走りたかっただけなんだ……っ!!」


思い、出した。



けれど、もう手放した後で


「もう一度だ佐久間ぁぁ!!」

不動が先程弾かれたボールを拾い、佐久間へとパスを送る。
けれど佐久間は、全身から汗を流し呼吸も上手く出来ず……そのまま、意識を失い後ろに倒れてしまった。

「佐久間……ッ!!」
「チッ、使えねぇなァ! ならお前がやれ彼方!!」

コロコロと転がって来たボールがあたしの足元で止まる、周りには誰も居らず完全フリーの状態だった。

「止めろ彼方!! 彼方ッ!!!」

青くはためくソレが此方へと近付いて来るのが視界の端で見えた。
……止める? 今更? ……止めた所でもう、戻れやしないのに?
思い出しても遅かった、あたしは全て捨ててしまった、伸ばされた手を振り払い掛けられた声から逃げ出した! 後戻りなんてしない……もう、出来無いんだ!!

「あああぁぁぁぁッッッ!!!」

右手で形を作ったソレでピュイィと鳴り響かせる。
現れたソレ等が掲げた右足に噛み付き、痛みに顔を歪めながらも……思い切り、蹴り抜いた。
全身を襲った激痛、そして──

「うわああぁぁぁぁッッッ!!!!」
「彼方──ッッッッ!!!!」


尽きる、息。


意識が其処で、──途切れた。