11.戻れない世界
まっくらのせかいに ひとり
ひかりのとどかない せかい
だれもいない あたしだけ
そんなところで よんだって
……だれも きづきは しないんだ
目が、覚めた時。
あたしの視界に映ったのは、何も無い真っ白な天井だった。
此処は、何処? 何がどうなっている? ……まだ意識がぼんやりとしていて、思考も正常に働いてくれない。
息、は……今は大丈夫みたいだ、苦しさは感じられない。
「……あっ……良かった、気が付いたんだな彼方さん」
ガラリと何かが開く音、それからあたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。
開いたのは扉、という事は何処かの部屋に居たのだろう……そう思いつつ音のした方に目を向ければ、柔らかな笑みを浮かべながら此方へ歩いて来る人の姿。
「…………げん、だ、さん……?」
「あぁ。話せるか? 二日も眠ったまま目を覚まさないから心配していたんだ」
「……二日……」
「身体への負担が大きかったからだと先生は言っていた。漸く意識が保てるようになって良かったよ」
先生、白い部屋……それから周りの造りを見渡してみて、もしかして此処は病院なのではないだろうかと思った。
自分はベッドに寝かされていたようだし、近くの椅子に腰掛けた源田さんもよく見れば入院着のような水色の服を着ている。
……あれ、そういえば……彼の伸びていた髪が、元の長さにまで戻っているじゃないか……右目に有った傷跡も綺麗に無くなっていた。
「……何が有ったか、思い出せるか?」
「何、って……」
「何故此処に居るのか、俺達が何をしてしまったのか……真・帝国学園での事を」
「……真・帝国……、……っ!!」
その単語を口にした途端、未だハッキリとしていなかった意識が一気に鮮明になった。
記憶が駆け抜けていくように、遡った映像が次々と脳裏に浮かんでくる。
「あ……」
不動明王、差し延べられた掌、真・帝国学園で出会った佐久間と源田さん、影山零治、真・帝国のメンバー、それから……沢山傷付けた、傷付けてしまった……雷門の、皆。
全部、思い出した。
「っ試合! 試合は……ッ!?」
「無理をしては駄目だ! 眠っていたとはいえ、君の身体はまだ癒えていない。それに、右足だって……」
飛び起きるように身体を起こそうとしたら、激しい痛みが背中から全身に伝わり顔が歪む。
源田さんが椅子から立ち上がって支えてくれたけれど座る体勢は難しく、再度ベッドへ身体を沈めざるを得なかった。
指摘された右足に目をやればギブスで固定されていて、一目で重症なのだという事が分かる。
「砕けてはいないが、ヒビが入っていて危ない状態らしい。無理をせず治療を続ければ元のように歩けるそうだ」
「……サッカー、は……?」
「……現段階では、何とも言えないって……」
「そん、な……」
歩けるようになったとしても、サッカーが出来無きゃ、意味が無いのに……!
……あぁ、でも。
そうなる原因を作ったのは、あたしだ……自業自得、なんだ……
「……君が試合終了間際に打ったシュートは、円堂に届く前に逸れてしまって入らなかった。結果、俺達は勝つ事が出来ずに引き分けとなったんだ」
「…………馬鹿だな、あたし……入らないのに打ったって、しょーがないのに……」
「馬鹿なのは、俺達も同じだ。欲に支配され、大事なモノを見失っていたのだから……」
大事なモノ。
とても大切な、自分の居場所。
自分達を、何が有っても最後まで仲間だと言ってくれた彼等を……己が強くなりたいが為に、勝利を掴みたいという欲を選んでしまった為に、その思いを踏み躙ってしまった。
どれだけ傷付けただろう。
どれだけ、辛い思いをさせてしまっただろう……最後に浮かんだ映像の彼等に、穏やかな表情なんてモノは何処にも無い。
そう、させたのは……
「……佐久間は?」
「…………佐久間、は……アイツは、皇帝ペンギン1号を三度使ってしまった。佐久間の身体は、君よりも重症で……歩けるようになるのかすら、分からないらしい」
「……!!」
「さっき佐久間の所にも寄ったんだ。医者から、そう言われたと……アイツ、笑いながら話してくれたよ。本当は辛くてたまらないだろうに、俺にまで気を遣って……馬鹿だよなぁ」
そう言って源田さんは眉尻を下げて笑っていたけれど、腿辺りに置いていた手は強く握り締められていた。
辛くてたまらないのは、君も同じハズなのに……あたしを不安にさせないようにって、そうやって笑っている。
佐久間もきっと、源田さんを悲しませてしまわないように笑っていたんだろうな……優しいよ、二人共。
「でもな、諦めた訳じゃあ無いんだ。彼方さんはあの時気を失ってしまってたから分からないだろうけど……鬼道と、話が出来た」
「……なん、て?」
「もう一度、怪我が治ったら一緒にサッカーをしようって、な」
「……!」
「まぁ、直接言ったのは俺じゃなくて佐久間なんだけど」
試合が終わった後、あの潜水艦は影山と共に海へ沈んでいったらしい。
全員が無事脱出して、到着した救護隊に運ばれる前に彼等は言葉を交わしたのだそうだ。
本当の、……奥底にずっと在った、素直な気持ちで。
「だから、諦めない。今は怪我が完治するのかも、またサッカーが出来るようになるのかも分からないけれど……俺達はもう一度、鬼道とサッカーがしたいから。頑張ってリハビリをしようって決めたんだ」
「…………そっか」
二人なら、大丈夫だよ。
そう言えば源田さんは、今度は無理して浮かべたモノではなく、本当の笑顔で「有難う」と言った。
佐久間も源田さんも変わったのだろう……裏切られたと憎み、あの人を超えたいと禁断の力を求め対峙してしまった事も全部受け入れた上で……もう一度、共に歩んでいきたいと願っているんだ。
負ってしまった代償は大きい、その事を口にした時も決して良い表情とは言えなかったけれど……今の源田さんは、決意を表したからかとても清々しい笑みを浮かべている。
先程強く握り締められていた手も、今は解かれ落ち着きを見せていた。
「此処の病院である程度治療を受けたら、向こうに戻ろうと思ってる」
「向こう……帝国の近くに?」
「あぁ。皆にも心配を掛けてしまったから謝らないとな。そしてまた、一緒にやっていくよ。……君はどうする?」
「あたし? ……あたし、は…………ごめん、まだ分かんないや」
「……そうだよな、すまない急にこんな事を聞いて。まだ意識が戻ったばかりだっていうのに」
「ううん、気にしないで」
来てくれて有難う、そう笑みを浮かべて源田さんにお礼を言う。
さっき動いたせいでまだ痛みが身体に響いていたけれど、表情はちゃんと彼に良く見えていたようで微笑み返してくれた。
「佐久間に会ったら、応援してるよって伝えてほしいな」
「あぁ勿論だ、伝えておく」
それじゃあ今日はこれで失礼するよ、源田さんは笑みを浮かべたままこの部屋から出て行った。
扉が閉まり、彼が居なくなった部屋は再び静寂を漂わせる。
──其処へ響く、嘲笑。
「…………は、ははっ、あはははっ!」
また、嘘を、重ねた。
彼に向けた笑みは、偽り。
分からないんじゃない、とっくに出ているんだ自分の答えなんて。
それなのに口にしなかった、折角決意した彼等の意志を否定してしまうモノだったから。
「戻れる訳、無い。あたしは、全部、全部、手放してしまったんだ……すて、捨てて、しま……っ」
輝いていた世界。
大好きだった、日常。
──違う。
過去形じゃ、ない。
「……だい、すき、だよ……今も、大好きなんだよ……っ!!」
色褪せた世界は、ただ自分がそう見えるようにフィルターを掛けてしまっただけで、ずっと変わらないまま其処に在ったんだ。
今も其処に在る、捨てたなんて……捨て切れてなかった、消せてなかった、見ないようにと自分から真っ暗な世界に逃げていただけ。
「でも、戻れない……っ、もう戻れないよぉぉッッ!!」
自分から違えた挙句、手を出した力に壊されて沢山のモノを失った自分……なんて滑稽だ、なんて愚かだ。
彼女は諦めずに、あたしと走る事を望んでくれたのに。
彼は苦しみながらも、あたしが本当にしたかったモノを示してくれたのに。
……彼は……ずっと、ずっと、何度だって、何度突き放したって、あたしに呼び掛けてくれたのに。
「う、あ……っ、ああぁぁぁっ……!!」
ただ勝つだけのサッカーには、あたしが望んでいたモノなんて何処にも無かったじゃないか。
皆からズレてしまったのはあたし、勝手にさよならを告げて繋がりを手放したのは、あたし。
携帯だって、大事にしていたハズの写真だって、雷門のユニフォームだって、捨ててしまって此処には無いのだから……!!
「みん、な……みんなぁ……っ!!!」
皆が居る、光輝く世界に。
届かない。
……とどかない、よ。
応えの無い呼び掛け
覆った腕の隙間からは、留まる事を知らない涙がボロボロと溢れ流れていく。
嗚咽で苦しいのに、止まってほしいと願っているのに、呼吸は正常に機能しているなんて……何処までも自分の意思に反するんだな、この身体は。
「ふ……う、ぁあ……っ」
逝きたいよ 終焉に
行きたいよ 水底から地上に
──生きたい よ
皆が 笑う あの世界で