12.繋ぐ世界
世界と世界を繋いでいるモノが一本の糸だとしよう。
ソレは色彩豊かに世界の間を何本も繋がっている糸で、手繰る事で向こうの世界へ行く事が出来る渡り橋のようなモノ。
どの糸を選ぶかは本人自身……だがどの糸も共通しているのは、切り離したら二度と使えないという事。
切れた糸は復元しない、糸が無くなってしまえば元居た世界に戻る事など出来無い、のに……あたしは自らの手で、その糸を全て切ってしまった。
二人は残っていた糸で元の世界に戻る事が出来た、けれどその糸さえもあたしは偽りの笑顔を浮かべて切り落としたのだ。
ぷつりと切れた糸は重力に従い落下して、足元で重なっていたハズの糸だったモノはこの暗闇に溶けて消えた。
誰も居ない真っ暗な世界。
帰りの糸は何処にも無い世界。
其処で一人 あたしは──
あれから、何日が経っただろう。
明日あたし達はこの病院を退院出来る事になった。
源田さんは完治していて運動も問題無く出来るし、佐久間はまだ松葉杖を使わなければならないが自力で移動出来るくらいにまで回復している。
あたしの身体も松葉杖が必要だったのが無くても大丈夫までに回復し、運動は徐々に慣らしていかないとだが問題は無いらしい。
またサッカーを出来るようになるかは分からないと告げられたのが嘘のようだ、特に佐久間はあの重症から此処まで回復を遂げている。
この病院の設備のおかげも有るだろうが、何よりも彼等の「もう一度サッカーをやりたい」という意思が治癒力を高めたのではないかと先生は言っていた。
真・帝国に居た時の冷たさは消え、二人が宿す光はとても穏やかであたたかなモノ。
他愛の無い話題を振ってくれる彼等の笑顔を見ると、此方にまでその気持ちが伝わってくるようで……あたしにも、その影響か回復していったのだろう。
(まだ、二人には言えてない事も有るけど)
きっと今まで浮かべていた作り笑顔にもとっくに気付いているだろう、それでも二人は何も言わず接してくれている。
偽って押し留めたままの本音、それも伝えられたら良いのに……あたしはまだ、口にする勇気が持てていない。
二人の意思を揺らがす訳にはいかないって言い訳を盾にしているだけ、もう彼等の意思が揺らぐ事なんて無いのは分かりきっているのに……ずっと、元の自分と向き合う事を恐れているんだ。
踏み出すのが怖い、また同じ過ちを犯してしまいそうで怖い。
もう戻れないのに、前と同じ自分になんて…………なれる訳が、無くて。
「それじゃまた後でな」
「うん、後で」
先生からの話を聞き終えてから一旦別れ、それぞれの部屋に戻る。
そんなに量は無いけれど荷物の整理をしないとな、そう思いつつも自分に与えられた部屋の扉を開く。
開いて、……自分の目を疑った。
「やっと戻って来たな」
「っ……!? な、んで……」
「久し振りだなァ、侑紀チャン?」
其処には、あの日別れてから行方が知れなかったハズの……不動が、居て。
驚きで言葉が出ないあたしを見て、彼は愉快そうに笑みを浮かべた。
「ハハッ、ンな幽霊でも見たような顔してんじゃねぇよ。」
「どうして、此処に……それにどうやって、」
「窓開けっ放し。表からじゃ色々とめんどくせぇから其処から入らせてもらったぜ」
何の用だと問おうとしたら、不動が此方へ歩んできた事で言葉が詰まる。
思わず足が後ろへ下がったが、彼の手があたしの腕を引いた事で身体ごと引き寄せられてしまう。
すぐ目の前には不動の顔、彼は真剣な眼差しであたしに問うた。
「お前、これからどーすんの」
「ど、うって……」
「サッカー、辞めんの?」
「……!」
鋭い瞳がじっとあたしを見詰める。
その視線は答えを促しているけれど、明確な答えなんて出て来ない。
「その様子じゃ結構治ったんだろ。それとも、このまま辞める気なのかよ」
「…………分からない」
「……別に、俺にとっちゃお前が今後どんな生活送ろうが関係無い。此処に来たのはお前に謝る為でも無ければ、そもそも謝る気なんざこれっぽっちも無ぇ。利用されてると分かってた上でお前等は俺に従ってたんだからな」
「……そうだよ、自業自得だ。こんな結果になったのも、あの時アンタが差し伸べた手を取る事を選んだのもあたし自身……だから、あたしも謝罪が欲しい訳じゃない」
それに、謝ってもらった所で全て元通りになる訳でも無いのだから。
そう告げると、不動は暫しの沈黙の後「そーかよ」と言ってあたしを解放した。
じゃあ何しに来たんだ、今度こそ口にして彼に問う。
「わざわざ、会いに来る必要なんて無いハズなのに……あのまま別れて終わっていれば、アンタだって元のように過ごせたんじゃないの……?」
「……さぁな、そう上手くはいかねぇよ。テメェ等が役立たずだったおかげで、俺はまた別のやり方で始めなくちゃならねぇ」
「…………」
「ただ、俺の気が済まねぇんだよ。あの野郎が言いやがった二流って言葉に腹が立つ。テメェ等も、引き入れた俺自身も、二流だと抜かしやがった影山の言葉が……! ──だから彼方、お前が証明しろ」
「え……?」
彼は今、何と言った?
証明しろというのは、影山の言葉を覆せ、という事なのだろうか。
それは、つまり……あたしに、サッカーを続けろという事、で。
「俺はどんな事をしたって這い上がってやる。今度はあんな石の力じゃなく、俺自身の力で。あの時は確かに役立たずだったお前も……このまま、諦めんな」
「不動…………でもっ、」
「彼方!!」
突然廊下から、佐久間があたしの名を呼ぶ声がした。
廊下に響く松葉杖の音が荒い、どうしたのかと其方へ顔を向ければ、彼が急ぎ足で此方へと歩いて来ている姿が見える。
「ちょっとこっち来い、今テレビで…………っ、不動!?」
「チッ、めんどくせぇのが来たな……じゃあな、忘れんじゃねーぞ」
「え、待っ……不動っ!!」
静止の声なんて聞きもせず、不動は部屋の窓から早々に出て行ってしまった。
彼のプライドが許さないのだとしても、あたしは、サッカーが……
「アイツに何言われたんだ」
「え、と……」
「……まぁ良い、その話は後でも出来る。今は早くこっちに来い!」
「ちょっ……佐久間!?」
佐久間は来た時と同じように急ぎ足で歩んで行き、あたしも来るように促される。
不動の言葉がぐるぐると頭を巡りながらも彼が向かった先について行くと、其処は談話室で中には源田さんも居て。
その部屋のテレビから──聞き覚えの有る声と、忘れもしない姿が映し出されていた。
「決まったぁぁぁ!!! 豪炎寺のファイアトルネードが、イプシロン改のゴールに突き刺さったあぁぁぁ!!!!!」
「……!!」
テレビに映っているのは、間違い無くあの日キャラバンを離れてしまった豪炎寺……その彼が今、エースナンバー10番を背負い雷門に居る。
雷門の皆が、戦っている……!
「沖縄でイプシロン改との試合らしい。俺達もさっき知ったばかりだから全部は把握してはいないが……アイツ等は、どんなにボロボロにされても諦めなかったぞ」
「円堂も、破られてしまった必殺技を進化させてシュートを防いだ。彼等は何度でも立ち上がって、勝とうとしているんだ」
豪炎寺の帰還で勢い付いた雷門が果敢に攻め上がって行く。
敵をかわし、ボールを繋げ、燃え盛る炎を纏ったシュートがデザームの技を破りゴールへと叩き込まれた。
大歓声と終了を告げる笛の音が鳴り響き、雷門の勝利が称えられる。
画面の向こうで笑顔を浮かべ喜んでいる、皆の姿。
「…………み、んな……」
「……なぁ、彼方。お前の本心は、あの中に戻りたいって思ってるんじゃないか?」
「っ!!」
佐久間の言葉に驚き、彼の方を見る。
どうして……と問えば、彼はフッと笑ってあたしに返した。
「分かってて当然だろ? 彼方がどれだけアイツ等を、雷門を好きか。あの頃のお前が、十二分に表してたじゃないか」
「……あの頃の、あたし……」
「君は今でも、その気持ちは変わっていないハズだ。彼等への想いも、サッカーへの想いも……だろう?」
「あ、たし……あたしは……っ」
今までも何度か、雷門の試合がテレビ放映されていた事は知っていた。
けどあたしは直視出来無くて、目を逸らして、逃げ続けてばかりだったんだ。
観てしまったらきっと苦しくなる、また自分を責めて同じ痛みを繰り返してしまうだけだって。
……でも、今は。
こんなにも、皆の事が。
「……もど、りたい……戻りたいよ……っ!!」
愛しくて、愛しくて。
今すぐにでも皆の所に行きたいと、思ってる自分が居るんだ。
それなのに自分の過ちが邪魔をする、何度願っても相反する意見がぶつかって明確な答えにならない。
戻りたいよ、不動の言っていたように諦めたくない、またサッカーがしたい。
皆と一緒に走っていくサッカーが、でも、戻れない、戻れやしないんだって……!!
「俺達が、お前をアイツ等の所に帰してやるから」
「……え……?」
滲み出そうになった涙が、彼の言葉でピタリと静止する。
そして、あたしに向けられる穏やかな笑みと、差し出された二人の掌が。
「一緒に、皆の所へ帰ろう」
今、この両手を 包んだ
途切れた繋がりが、今また其処に
真っ暗な世界に一人。
呼び掛けても応えは無い、世界の端までやって来ても繋がりは何処にも無い。
ハズ、だった。
「……い、い……の……?」
「あぁ、勿論」
向こうから一筋の何かが見える。
キラキラと輝きを放つソレは、真っ白な一本の糸……何も無かった、断ち切ってしまった世界に現れた、唯一視認出来るモノ。
「だ、って、あたし……っ、」
「俺達、とっくに仲間だろ?」
その糸に手を伸ばす。
しっかりと掴んだソレを離さぬよう、手繰り進んで行く。
歩いて、歩いて、いつしか手繰った糸を手に持って駆け出して。
そして──
『一緒に行こう!!』
消え失せる、黒。
眼前に広がる、鮮やかな世界。