13.再生世界

届かなかった。
伸ばしたこの手は、彼女には。

「……悪いな、鬼道……久し振りだっていうのに、握手も出来無い……」
「……構わない」


源田と佐久間には話も出来たし、動かせない手の上に自分の手を重ねるようにして触れる事が出来た。
何度も何度も伸ばし続けた手が、漸く二人には届いたんだ。

「おかげで目が覚めたよ……でも、嬉しかった。一瞬でも、お前の見ている世界が見えたからな……」
「…………」
「身体、治ったら……またサッカー一緒に、やろうぜ……」
「あぁ……待ってる」


だが、彼女は……彼方には。
会話も、触れる事も、何も出来無いままで……再び遠ざかってしまった。
あの技を撃った直後に意識を失い倒れた彼方を、駆け寄って抱き起こしたのは俺ではなくて……それだけじゃあない、目の前に居た存在に触れる事よりも、影山への憤りをぶつける方を優先してしまったんだ、俺は。
救急車に乗せられ運ばれて行くアイツ等を見送るだけ、影山に言われた「私が手懸けた最高の作品」という言葉に縛られ、動けずにいただけ……そのまま日は過ぎ、後悔の塊となって自分の中で燻り続けている。
メンバーの負傷と離脱、あの円堂でさえ悩み苦しんでいた時、その後悔が助長して俺も挫けてしまいそうになった事だって有った。
……有った、けれど。
諦めなかった、走り続ける事が出来た。
それが出来たのは、支え合える仲間達が共に居てくれたから、離れていても仲間だという思いが消えずに在ったからだ。
悲しい出来事ばかりではない、キャラバンに参加してくれたメンバーと、更に強くなって戻って来てくれた豪炎寺の力が合わさった事で、イプシロン改に勝てた。
最後まで諦めないという心が人を進化させる。

──そう、諦めない。

届かなかった事を後悔のまま終わらせやしない。
交わした約束も必ず果たす。

そして、お前にも。

「……もしもし、佐久間か? あぁ、協力してもらいたい事が有るんだ」

今度こそ、届くように。



アフロディを加えてのダイヤモンドダストとの一戦後、リベロとなった円堂の特訓を行うべく帝国へとやって来た。
より決定的な場面を生み出す為には、もう一つ必殺技が必要……そう判断した俺は、デスゾーンを習得してもらう為に帝国を特訓場所に選び、円堂と土門を交えて指示を出す。
帝国で生み出された技を習得するには帝国が相応しいからな……それに、此処へ来た理由はもう一つ有る。

「やってるな、鬼道さん」

デスゾーンをやるにあたって必要不可欠である、その場で回転し、俺の合図でボールを真正面にして停まるという特訓を終えた時、声が掛けられる。
其方に顔を向ければ、俺が待ち侘びていた彼等の姿が其処に在った。

「来てくれたか。佐久間、源田、皆……!」

佐久間に源田、帝国イレブンのメンバー全員。
円堂がメガトンヘッドを完成させた後で佐久間に連絡を取り、俺達と練習試合をしてほしいと頼んでおいた。
皆元気そうで何よりだ……と、佐久間が右手で身体を支えるようにして持っていた松葉杖に目をやれば、その視線に気付いて笑みを浮かべる。

「心配しないで下さい、これでも順調に回復してるんです」
「雷門の監督が紹介してくれた最新治療が、よく効いているみたいだ」
「瞳子監督が……? そうかぁ、良かったな鬼道!」
「あぁ」

佐久間の言葉に安堵する。
源田は問題無さそうだし、佐久間も自身が言う通り暫くすれば完治するのだろう。
本当に良かった、この場には居ない瞳子監督に感謝しなくては。
…………きっと、アイツも……

「さぁ鬼道さん! 始めましょうか、練習試合」

練習試合? と疑問符を浮かべる雷門メンバーに説明し、試合の準備を行う。
その際、手渡された帝国ユニフォームを暫し見詰めた。
まだあまり日は経っていないというのに懐かしく思える、背番号10番が記してある緑色と、赤色のマント……俺の、ユニフォーム。
雷門ユニフォームを脱ぎソレに腕を通せばしっくり来た感覚が、自分が此処で過ごしてきたという事を実感させてくれた。
他にも思う事は有ったが、感傷に浸っている場合じゃない……マントの紐を結びピッチへと足を運んだ。
一度深呼吸をし、前を見据える。
開始を告げる合図を聞き、寺門と辺見が回してくれたボールを受けて駆け出した。



前半終了の笛の音が響く。
何度かデスゾーンを試してはみたが、どれも撃った直後失速してしまい、立向居が守るゴールまで届く頃には通常シュートの威力に落ちていた。
三人の息は合っているし回転も十分、撃つタイミングもズレていない……なのに未だ成功しないのは何故だ? 考えて繰り返してみても、なかなか成功しない。
だが、そう焦りも感じていた中で感じた事も有る。
アイコンタクトすらしなくても仲間の次のプレーが分かる、あの頃と同じ帝国メンバーとのサッカー……変わっていない事に安心感を抱いた自分が居た。
ドリンクとタオルを渡しに行ったマネージャーと代わるようにして、佐久間の隣に腰掛けて帝国メンバーの姿を見詰める。
今日こうして、帝国へ特訓に来たもう一つの理由……俺が円堂のサッカーに惚れて雷門へ転校したのは勿論だが、目的は世宇子へのリベンジ……雷門へ行っても、俺の心には帝国に残してきた仲間への気持ちが常に在った。
真・帝国の一員として対峙した佐久間と源田のように、もしかしたら他の奴等も俺を恨んでいるのでは……雷門に転校した自分の選択が正しかったのか、間違っていたのか、それをもう一度確認したかったんだ。
雷門のサッカーに惹かれていけばいく程気になる、俺は仲間達を見捨てたのではないか、裏切ったのではないか、と……

(……俺は、コイツ等が好きだ)

ジェネシスとの戦いを前に決着をつけておきたい。
改めて感じたその思いを胸に、真正面から向き合って。
壊れてしまったのなら、失ってしまったのなら……また、繋ぎ直したいんだ。

「鬼道さん」

久し振りに帝国の鬼道さんが見れて嬉しかった、そう声を掛けた佐久間に顔を向ける。

「でも、雷門に居る方が、貴方は自分を出せているのかもしれない」
「!」
「グラウンドの外からの方が、よく分かるんです」

雷門メンバーに目を向けている佐久間と同じように、俺も其方を向きながら佐久間の言葉に耳を傾ける。

「コイツ等は、常に貴方を刺激してくれる。帝国に居た時よりも、プレーに貴方らしさが出ている。……だから、もう俺も源田も、そして帝国の皆も……貴方に裏切られたとは思っていません」
「……!!」

佐久間の言葉に驚き彼の顔を見れば、穏やかな表情で俺の方を見ていた。
それは皆も同様で、その表情は恨みや憎しみなんて何処にも無いという事を映し出している。
……分かって、いたのか……俺がただ、協力してもらう為だけに此処へ来たのではないという事を。
そう問えば、佐久間は「当たり前でしょう、ずっと一緒に過ごして来たのだから」と更に笑みを深くして答えた。

「本当は分かっていたんだ、鬼道さんが俺達を見捨てた訳でも裏切った訳でも無いという事なんて。でも、自分の未熟さと勝てなかった悔しさから、その思いは歪んでしまった……其処を利用されてしまったんだ。恥ずかしい話さ」
「佐久間……」
「……貴方は今も、そしてこれからも。俺達の大事な、チームメイトだ」

胸の奥が熱くなる。
不安感が無かった訳では無い、もしかしたら俺が一方的に感じているだけで、皆はそうではないのかもしれないと。
……だが、そんな考えは払拭された。
心を満たす温もりは、揺ぎ無い灯りとなって俺を照らしてくれる。

「……有難う……」

ベンチから立ち上がり、此方へとやって来た皆の前へと歩む。
これで心置きなく、ジェネシスと戦える。

(繋がりは確かに此処に在る)

例え、チームは違っていても……俺達はずっと、仲間だ。

「佐久間。もう一つ、俺からの頼みを聞いてはくれないだろうか」
「なんですか?」
「その、……敬語はもう、使わなくて良い」
「えっ……!?」
「佐久間だけじゃない、お前達もそうだ。……俺達に違いなんて無い。同じ世界に立っているのだから」

駄目か? と問えば、駄目じゃない! と全力で否定するから、思わず噴き出してしまった。
それに多少顔を赤らめていたが、同じように笑って「有難う」という言葉が俺に届く。

「鬼道さん、……いや、鬼道。もう一人、俺達の仲間に声を掛けてほしい」
「もう一人……?」
「彼女も今日、此処に来てる」
「!!」

彼女。
佐久間と源田が指す、その言葉の人物は……アイツしか、居ない。

「何処、に、」
「場所は知らない。でも、今もこのグラウンドの何処かで見ているハズだ。……お前ならきっと、見付けられる」

グラウンド中を見回す。
ベンチの周辺、廊下へと続く階段の入口、観客席の隅々までもを。

……そして、その先に。

「……ッ、彼方──!!」

お前の姿を、見付けた。



欠けた君へ、手を伸ばす


忘れもしないその姿。
会いたくて仕方無かった彼女が、彼方が今、観客席に出る入口の傍らから此方を見ていた。
彼方の名を呼んだ俺の声が響き、それに気付いてハッとした表情を浮かべる。
直後、後退して駆けて行ってしまうが、その先に繋がっている場所が何処なのかというのは俺の頭に刻み込まれているのだから、見失いやしない。

「すまない皆、すぐ戻る!」

駆け出してグラウンドから出て、廊下を走って行く。
今度こそ追い付いてみせる。
伸ばした手を届けてみせる。

「彼方……っ!!」

もう一度、


お前と、走りたいから。