14.君に繋がる世界

再び自分の足で触れた世界は、とてもあたたかく心地良かった。
此処まで手を引いてくれた彼等も、また迎え入れてくれた彼等も……あたしの存在を認めてくれたのが、とても嬉しくて。
同時に、……怖かった。
帝国の皆がじゃあない、雷門の皆と会った時、もし拒絶されてしまったら? ……そう思ったら、最後の最後であたしの足は一歩手前で動かなくなってしまう。
此処まで来たのに、踏み出すのが怖くて彼等と同じ場所に立てず……「あたしは遠くから見てるよ」と、外側に居る方を選んでしまった。
「本当に良いのか」と問われたけれど、今のあたしにはそれが精一杯の答えだからと頷いて彼等の姿を見送った。
会いたいよ、戻りたいよ、でも……やっぱり、怖いんだ。
お前なんか要らない、必要無いと言われたら……拒絶、されたら、……こわ、い。
……勇気が欲しい。
戻る勇気、向き合う勇気、手を伸ばす勇気、……目の前を駆ける皆の元へ、今すぐ走って行く勇気が。
見てるしか出来無い自分が悔しくて、悲しくて、もう届かないのかなって……諦めようかとも思った。

──でも、君は。

「……ッ、」

あたしの姿を、見付け出して。

「彼方──!!」

名を、呼んだ。



「……!!」

場内に響く彼の声。
あたしの所にまで届いたソレにハッとし、顔を其方に向ける。
彼が、今は帝国キャプテンのユニフォームを身に纏う鬼道有人が、此方の存在をしっかりと捉えていた。

「……ぁ……っ、」

声が、出なくなる。
この場所なら余程注意深く周りを見渡さない限り分からないと踏んでいたのに……どうしよう、どうしたら、考えるけれど思考が上手く働かず身体が強張る。
……そして次の瞬間には、あたしはこの場から離れるように場外へと駆け出していた。

(逃げなきゃ……!)

そう思い、薄暗い照明が続く帝国の廊下を必死に走り続ける。
……あぁ、でも、

(逃げるって、何処に?)

……分からない。
きっと彼はグラウンドを飛び出して追い駆けて来るだろうし、此処の造りを把握している彼から逃げる場所なんて何処にも無いだろう。
何故逃げなきゃと思った? どうして今も足は止まらずに動き続けている? ……分からない、答えが、出ない。
戻りたいと願ったから、その想いを叶えてやると佐久間と源田さんが手を引いてくれたから、帝国の皆が受け入れてくれたから、あたしは此処まで来れたというのに。
また、自ら離れようとしている。
あの時の、ように。

「……っ、だめ、だ……っ!!」

怖い、よ。
でも、逃げたら、駄目だ……!
沢山のモノを失ってしまった、沢山の人を傷付けてしまった、それを無かった事には出来無いし過ちを許してはいけないと思う。
けどっ、それでも願ってしまうんだ、皆との時間を、皆と一緒に居る事を。
過去形なんかじゃない、ずっとずっと変わらず此処に在った想い。

ただもう一度皆で走りたかった

──ううん、違う

もう一度だけじゃ、ない


「あたし、は……っ、ずっと、皆で走っていたいんだ……!!」


それが あたしの  願い


「あ……ッ!!」

途端、がくりと身体が傾く。
まだ十分に運動出来る状態ではなかったのに、無理に走らせた足が限界を迎えて崩れ落ちる。

(ぶつかる……!)

衝撃に備えようと目を閉じる事さえ出来無いまま、痛みが訪れるのを覚悟した。


──けれど


「彼方!!!」


痛みは、訪れず。
代わりに、あたしの名を呼ぶ声と……どさりと倒れた音が、廊下に響いた。

「……え……?」

目の前に在ったのは無機質な色をした床や自身の腕では、なく。
結ばれている緑色の紐、大きく広がった赤色の布。
そして──君の、姿。

「……はっ……彼方、大丈夫か……?」

倒れたのは自分の身体だけではない、しかも地面への衝撃を受けたのは彼の方だ。
腰と後頭部に回されていた手の感触と彼自身が目の前に居る事から、ぶつかる直前にあたしを引き寄せ衝撃から護ってくれたのだというのが分かった。

「……き、ど……」
「良かった……やっと、会えた……」

顔を上げて名前を呼ぼうとすれば、それよりも先に彼の穏やかな声音が聞こえ、レンズ奥の瞳が細められたのが見えた。
来るだろうというのは分かっていた、でも、このタイミングでだなんて思っていなくて。
言葉を失い彼を見詰めたままでいると、後頭部の手が優しくあたしの頭を撫でた。

「やっと、届いた。ずっと、ずっとお前に会いたかった、彼方……!」

ぎゅっと手に力が籠められ、より強くあたしの身体を抱き寄せた。
密着した身体が、息を切らす音、互いの鳴り響く鼓動を、より鮮明に伝えてくる。

あたたかい。
君が、此処に居る、証。

「……き、ど……っ、鬼道、さ……っ!」

感情が昂ぶり、ぼろぼろと涙が次々に溢れ流れ出していく。
衣服の胸元があたしの涙で色を濃くしてしまうけれど、それでも彼はあたしを離さない。
会いたかった、あたしも、君に会いたかったんだ、こうして言葉を交わしたかった……っ!!

「ご、め、ごめん、なさ……っ、いっぱい、傷付けて、辛い思い、させて……っ、」
「良いんだ。俺も、お前に謝りたかった……お前の気持ちも考えず、追い詰めるような言葉を掛けてしまって、痛みばかり背負わせてしまってすまなかった……!」
「き、どう、さ……鬼道さん、鬼道さん……ッ!!」

回されていた手が解かれ、互いの身体を起こして床に座り込む。
彼の左手はあたしの右手をふわりと包み込み、右手は涙を拭うように指で目元をなぞる。

「あ、たし、帰り……たい、皆と一緒にサッカー、したい……っ! でもっ、酷い事いっぱいした、皆を傷付けて、壊して、手放して……だからっ、拒絶されたらどうしようって、思ったら、怖くなって……ッ、」
「誰も拒絶なんてしない、皆お前が帰って来るのを待っていたんだ。怖いのなら怖いと言って良い、抱えているモノ全てを俺達にぶつけて良いんだ……! 全部、受け止めるから」
「ほ、んと……?」
「あぁ」

彼は柔らかな笑みを浮かべ、同様にその眼差しをも真っ直ぐ此方に向けながら告げる。

「俺はもう二度と、お前の手を離したりしない」

共に歩き、そして走って行こう。

「一緒に帰ろう、彼方」

皆の待つあの場所へ、と。



- - - - - - - - - -



「……! 鬼道っ、彼方!!」

彼に、……鬼道さんに手を引かれながら、二人でグラウンドへの階段を上り芝生を踏みしめる。
響いた声に顔を上げれば、此方へと駆けて来る皆の姿を捉えた。

「侑紀ーッッ!!!」
「! 塔子、」

真っ先に此方へと辿り着いたのは彼女で、飛び付くようにしてあたしの身体を抱き締めた。

「侑紀、侑紀! 会いたかった、会いたかったんだからな……!!」
「塔子……」

塔子の青く大きな瞳から、先程のあたしと同じようにぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていく。
あたしも塔子の身体を抱き締め返して「ごめん、ごめん……!」と伝える、そうすれば彼女は身体を離して涙を拭った後、「おかえり、侑紀!」と満面の笑みを浮かべてあたしにそう言った。

「彼方」

再び名前を呼ばれ、顔を其方に向ければ。
ずっと思い描いていた皆の姿が今、目の前に在る。

「俺達、お前が戻って来るの、ずーっと待ってたんだからな!」
「円堂……」
「お前は絶対に帰って来るって信じてた」
「彼方さん、おかえりなさいッス!」
「豪炎寺、壁山……」

次々に、おかえりって笑って言ってくれる。
目金も土門も一之瀬も、吹雪も、木暮だって。
新メンバーとして加わったリカや立向居に綱海も、それに亜風炉も笑みを浮かべながら握手を交わしてくれた。

「侑紀ちゃん、おかえりなさい!」
「私、彼方先輩に話したい事たっくさん有るんですから!」
「心配したのよ。……良かった、またこうして貴女に会えて」
「秋、春奈、夏未さん……」

そしてマネージャーの彼女達も、あたたかなその掌であたしの手を包んだ。
皆の言葉を受け、すぐ傍で見守っていてくれた鬼道さんへと顔を向ける。

「言った通りだったろう? 皆、お前が帰って来るのを待っていたんだと」

そう言って彼はぽんとあたしの背中を押し、微笑む。

「ほら、お前も」
「う、ん……うん……っ!」

怖さなんて、無くなった。
彼が見付けてくれたから、皆が迎えてくれたから、替わるように生まれたのは心からの喜びと伝い落ちる雫。
必要としてくれた、皆、おかえりと言ってくれたんだ。
そんな彼等にあたしは、ずっと伝えたかった言葉をやっと形に出来る。

「心配掛けて、ごめん……いっぱい傷付けて、ごめん……っ」

それから、

「ただいま……!!」

ありがとう、を。



やっと届いた、君への掌


もう、ひとりじゃない。