15.君と生きる世界
例えるなら、あの世界は夜の世界だったのかもしれない。
色褪せて見えたのは陽が沈んだから、色を映す光が姿を隠したから。
何も変わらず其処に在ったのに、夜の世界を照らす月も星も、全て雲が……自分の心が覆い隠してしまったから、見えなくなったんだ。
何も見えない夜の世界。
朝の訪れを拒み、繋がりを絶ち、壊し……何も無くなって漸く、気付く。
帰りたいと、光が見たいと。
そんな、あの世界で生きたいという願いが、帰り道を自分の所まで届けてくれた。
夜の終わりを、あたしにくれた。
明けない夜は無い。
陽はまた昇り、世界を照らす。
そして、鮮やかな世界に立ち笑顔を向ける彼等の姿を映し出し、
『おかえり!』
此処へ、繋がる。
あの日から、数日が経ち。
雷門イレブンとエイリア学園の戦いの日々は、雷門が勝利を掴み幕を閉じた。
ザ・カオスとの試合、瞳子監督の疑惑、富士山麓でのジェネシスとの決戦に、雷門中でのダークエンペラーズとの対峙……本当に沢山の事が有った。
けれど、皆また一つになれた、誰一人欠ける事無く全員帰って来れたんだ。
あたしが雷門イレブンの中へ戻れた時、佐久間と源田さんは自分の事のように喜んでくれて、「全部終わったら帝国と練習試合しような」と笑って言ってくれた。
「戦う場所は違っていても、俺達はずっと仲間だ」とも。
二人には本当に、言い足りない程に感謝している……あたしも同じフィールドを走りたい、必ずまた会おうと再会の約束を交わした。
いつか来るその日までに、どうか佐久間の足が完治しますようにとも祈りを込めて。
……それに不動とも、いつか会えたら今度は違う形で一緒にサッカー出来たら、良いな。
(瞳子監督とも色々有ったなぁ)
いざ戻って「もう一度キャラバンの一員に加えて下さい」と頼む時は緊張で身体が震えたし、必要無いから帰りなさいと言われるのではないかと不安でいっぱいだった。
勝つ為には仕方無いと試合に出る事を許可してもらえなかったあの言葉も、不安要素の一つとして残っていて……でも監督は、あたしが戻った時に「おかえりなさい」と微笑んで迎え入れてくれたんだ。
カオス戦の時は、足が万全の状態ではなかったし無理をさせたから出れなかったけれど、ジェネシスとの決戦では試合に出る事を許可……いや、監督からあたしを送り出してくれた。
あたしの力を必要だと判断して、背中を押してくれた。
それがどんなに嬉しかったのか、あの人は知っているのだろうか?
……知ってそうだな、瞳子監督の事だから。
……うん。
試合、出れたんだよ。
もう一度雷門のユニフォームを着て皆と一緒に走る事が出来た、共に勝利の喜びを分かち合う事が出来た。
あの日失ってしまったハズの荷物は全て、何も変わらぬままあたしの手元に戻って来て……それは鬼瓦さん達のおかげであり、真・帝国メンバーの荷物はそれぞれの持ち主へと無事に返されたらしい。
だから今こうしてあたしは雷門のジャージを着ていられるし、試合にも自分に与えられた17番を背負って出場する事が出来たのだ。
もう一度手に取る事が出来て、一員の証を身に纏う事が出来て、本当に嬉しい。
ずっと繋がりを絶ってしまっていた携帯も、今日も元気にフル充電で稼働中である。
「あ、鬼道さーんっ!」
学校への道を行く途中、見慣れた青いマントと茶色の髪を見付けて声を掛ける。
彼はすぐ此方に気付いて振り向き、足を止めてあたしが駆け寄るのを待ってくれていた。
「彼方」
「珍しいな、鬼道さんがこんなゆっくり行くなんてさ」
「たまには良いかと思ってな。それに、誰かが寝坊するだろうから焦らなくても大丈夫だ」
「ははっ、確かに」
昨日のサッカー番組観た? とか、今日はどんな練習になるんだろうな、とか、他愛の無い話をしながら鬼道さんの横に並び学校へ向かう。
少し前まではこんな風に明るく話す事も考える事も出来無かったのに、今では以前と変わらず同じように振舞う事が出来ていて……何だかちょっと変な感じ。
もしかしたら、あたしは人との接し方が変わっていたかもしれないし、最悪この場所には戻って来れなかったかもしれない……それに、
「……もしかしたら真・帝国としてじゃなく、ダークエンペラーズとして皆の前に現れてたかもしれないし」
「……そんな事は……」
「無いとは言い切れない。あたしを見付けたのがたまたま不動だっただけで、目を付けたのが研崎だったら同じように利用されていたかも」
あの日でなくとも限界を感じて離れたくなっていたかもしれない、逃げ出した弱い自分が居たのは確かなのだから。
そう言えば、鬼道さんは「……馬鹿な事を言うな」とあたしの頭を小突いた。
「もう終わった事だ。忘れろとは言わないが、引き摺るのは良くない。それよりも俺は、お前達には抜けてしまっていた分サッカーを楽しんでもらいたい」
「鬼道さん……うん、そうだね」
暗い話しちゃってゴメン、と謝り別の話題を探す。
何か無いだろうかと考えながら携帯を取り出して時間を確認した所で、彼に伝えようとしていた事を思い出した。
「そうそう、言ってないままだったけど……メール、アリガトね」
「メール? 昨日送った連絡網ならいつもの事じゃ……」
「そうじゃなくて、あたしが居なかった時にくれた分だよ」
戻って来た鞄を開いて携帯を取り出した時、電源を点けた直後に両手じゃ足りない程のメールが受信されたのだ。
その全てがという訳ではないが、半数以上は鬼道さんが送ってくれたモノだった。
それも、真・帝国に居た時だけじゃなく入院していた時までのモノで……鞄はキャラバンの中で、彼のすぐ近くに有ったというのに。
「皆や行った場所の画像、凄い嬉しかった! けど、いちいち送らずに撮ったヤツ見せてくれれば良かったのに」
「その時じゃないと意味が無いと思ったし、何よりお前に見てもらいたかったからだ。……本当は画像ではなく、実物を一緒に見たかったんだがな」
「……鬼道さん……」
「だがまぁ、実物はいつか連れて行って見せてやるさ」
「それって旅行の誘い?」
「そう思ってくれても良い」
「じゃあそう思っとく!」
画像と一緒に添えてくれた一言も嬉しくて、くれたメールは全部保存して残してある。
それでいて、いつの日か叶えてくれるその約束も……楽しみにしてるからね。
もうすぐ学校前だという所で鬼道さんは立ち止まり、あたしの方に向き直る。
あたしも立ち止まって「どうかした?」と問えば、彼は「彼方、」と名前を呼んだ。
「俺も、ちゃんと言えていないままだった事が有る」
「ん?」
「……今の話も、この前の約束も。必ず守り、果たしてみせる。もう二度と、お前の手を離したりしない。これからも一緒に走って行こう、同じフィールドで、雷門の一員として」
そう言って鬼道さんは距離を詰め、だらりと下げていたままだったあたしの右手を自身の左手で取り。
「そして、」
あたたかなその掌で包み込みながら、優しく微笑んだから。
「おはよう、彼方」
あたしも、笑顔で答えて彼の手をぎゅっと握り返すのだ。
「おはよう、鬼道さん!」
永い夜は終わりを告げて、
「ほんっとゴメン! 寝坊した!!」
「キャプテンはいつも幸せそうに寝てるよね」
「何回起こしても起きないんだぜー? 朝から疲れちまったよ……」
「そういうアンタも人の事言えないけどな……」
「言えてる」
「まぁまぁ、これで全員揃ったから良いじゃないですか」
「それじゃあ皆さん、綺麗に並んで下さいねー!」
春奈がカメラのセットをしている間に、どの順で並ぼうかと話し合いながら自分の位置を決めていく。
新旧雷門全員揃っての記念撮影、言い出したのは円堂だったけれど、この撮影にはあたしへ贈る意味も込められているという。
壊して捨ててしまった写真だけは戻って来なかったから、それが残念だなぁと呟いた時に「写真はまた撮れば良いんですよ、思い出が無くなった訳じゃないですから!」と、春奈が自らプレゼントすると言ってくれたんだ。
「位置良し、サイズ良し、っと……タイマーセット! いっきますよー!!」
忘れて見えなくなってしまう事は、避けて通れない現象かもしれない。
でも、強く結ばれた仲間の絆は消えて無くなる訳じゃない。
「音無さんも入って入って!」
「よしっ、皆大丈夫だよな?」
遠く離れる事になっても、皆との繋がりは確かに在るのだから。
「いちたすいちはー?」
「「にーっ!!」」
もう一度、走って行ける。
また君と、朝を迎える
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