02.期待と不安と不安

稲妻町から電車に乗ってお日さま園の最寄り駅へと向かう。
ヒロト達と電話を終えてからリビングに下り、母さんに泊まりに行く事を伝えれば、あっさりと許可が出たのでその点は特に苦労は無かった。
FFIの時とは違い、友達の家に泊まりに行くというのが久し振りだから喜んでくれているのだと思う。
誰かの家に泊まったのなんて多分小学校の時以来だしな、まぁ家っつーか施設だけど今回は。
何日間泊まるのかは話さなかったから着替えはどの位必要か悩んだが、向こうで洗濯すりゃ良いかと多過ぎない程度の荷物に纏める事にした。
大体この時間に着くとヒロトにメールしたら駅まで迎えに来てくれるそうだ、着いたら電話で道を聞きながら行こうかとも考えていたから有難い。
アイツ等が育ったお日さま園、一体どんな所なんだろうな。
……台所壊滅してないと良いけど。



「永塚くん!」

改札を抜けて橙に色付き始めた外へ出ると、先に来ていたらしいヒロトと緑川が俺を呼んで手を振っていた。

「いらっしゃい、待ってたよ」
「ほんっと待ってた! これで漸く美味い飯が食えるんだなぁ……あー良かった」
「お前等、どんだけ酷い食生活してたんだ?」

そう問えば、ヒロトは苦笑いを浮かべて緑川は目線を明後日の方へ向ける……本当にどんな食生活を送っていたのだろうか。
夕飯の材料は足りているそうなので、このままお日さま園へと向かう事にする。

「そういや、今住んでるのってどのくらいなんだ?」
「俺と緑川と姉さん、ジェネシスだったメンバーかな。前はもっと居たんだけど、学校の寮や別の施設に移ったり引き取られて行ったりしてね」
「へぇ、そうなのか」
「本当は俺も別の施設に居たんだけどさ、ヒロト達と一緒に住むのも楽しそうだなーってこっち来たんだ。あ、イプシロンだったメンバーと仲悪い訳じゃないよ?」

だろうな、緑川なら大抵の奴と仲良くやっていけると思うから。
という事は、居ないメンバーを除いても10人分以上は必要になる訳か……確かに毎回そのぐらいの外食や買い食いをしていたら食費の減りも早そうだ。
毎日しっかり人数分の食事を用意していた家政婦さんを尊敬したい。

「姉さんと伊豆野と石平は今ちょっと出てるけど」
「あぁ、ネオジャパンのメンバーだったもんな。強化合宿でもしてるのか?」
「そんな感じ。あ、ほら着いたよ」

話しながら歩いていると、一軒周りとは造りが違う建物の前までやって来た。
門の横にお日さま園と表記されている此処こそが、ヒロト達の家なのか。
広めに幅を取ってある庭では、皆が小さい時によく遊んでいたのかもしれない。

「さ、入って入って!」
「はいはい、お邪魔しまーす」

緑川がガラリと扉を開けて先に靴を脱いで上がり、俺とヒロトもその後に続く。
廊下を歩いてリビングらしき場所に行けば其処には数人居て、座っていたソファや椅子から此方に顔を向ける。

「おかえりヒロト、リュウジ」
「うん、ただいま皆」
「久し振りだな永塚、富士で試合して以来か」
「そうだな。あ、今日から数日お世話になります」
「此方こそよ、わざわざ来てもらってごめんなさいね」

声を掛けて来たのは、えーっと……コーマとアークとキーブ、だったか? 快く歓迎してくれた三人と握手を交わす。
ソファにはネロも居たので「宜しくな」と頭を撫でれば、照れくさそうにしながらも笑みを向けてくれた。

「まずは部屋に案内するよ、こっち」

ヒロトに案内された部屋は和室となっていて、緑川もこの部屋で寝泊りしているらしい。
一緒の部屋という事で喜んでいる緑川だったが、俺も一人ではなかった事と気心知れた相手が一緒で安心した。
部屋に荷物を置いてリビングに戻る途中、階段を下りて来た人物と遭遇する。

「ヒロト、帰っていたのか」
「あ、ただいまウルビダ」
「久し振りだな」
「あぁ」

世話になるな、と言った彼女の表情は以前会った時よりも少し柔らかい。
人にも自分にも厳しくあれ、といった印象が有ったが、あの一件から常に気を張る必要は無くなって落ち着いたのだろう。

「それじゃ、そろそろ夕飯の支度始めようか。永塚くん、来て早々で悪いんだけど良いかな?」
「良いぜ、その為に来たんだしな。何作るか決めてあるのか?」
「カレーにしようかなって」
「カレーか、よし」

エプロンを借りて着け、必要な材料や器具を用意してもらいながら台所に目を向けて……棚の端に置いてある黒ずんだ鍋は誰かが失敗した代物なんだろうな……どうしてああなった。
大体の道具が揃った時には自室に居た残りのメンバーも集まっていて、一気にリビングが賑やかになった。

「俺達も手伝うよ」
「じゃあ、洗い終わった野菜の皮剥いてもらえるか?」
「分かった」

流石にこの人数の食材を一人で切るのは大変だからな、手伝ってくれるという申し出は助かる。
助かる、が……電話でヒロトが言っていた、料理が出来無いというレベルがどの程度を指しているのか分からないので結構不安だ。
俺も手先が器用な方ではないから歪な形になってしまうモノが多いのだが、そのぐらいは出来るだろうと思い任せてみる事にした。


のは、いけなかったようだ。


「……いやいやいや、ちょっと待て何してんだ!?」
「野菜を切ろうと」
「だからって包丁振り上げるのはおかしいだろ!!?」

そう、何故かコーマは包丁を持った右手を高々と掲げて野菜に振り下ろそうとしていたのだ。
しかし本人は至って真面目に取り組んでいたようで、止められた事を逆に驚いている……いや止めるだろ誰だっておかしいと思うだろ!? っていうかお前ソレまだ皮剥いてないヤツだから!!

「それとキーブ、包丁を両手で持つな。片手は野菜押さえてくれ危ないから」
「でもこうしないと切れなくて……」
「切れます! 垂直に力を込めるんじゃなく手前に引いて切るモノです!!」
「永塚、じゃがいもの皮剥きって難しいな……」
「うっわ怖い! その剥き方怖い手ぇ切るからストップ!!」

キーブは会話の通りで、アークは身も大きく削ってしまっているだけでなく今にも手を切ってしまいそうな感じだった。
俺は大慌てで器具をしまってある引き出しからピーラーを数個取り出し、皮剥きを手伝ってくれている皆から包丁を奪って替わりにソレを手渡す。
もしアレを使っても危ないようであれば取り上げるしかないな……まだ雷門の方がマシだったぞ皮剥き。
玉葱を切っていたゲイルとハウザーに目を向けると、どうやら染みてしまったようでぼろぼろと泣き出してしまっていた、うん分かった目洗って来い残りは俺がやるから。
自分達もやると言ってくれたクィールとネロには、食器を出す時まで待機しててもらうとしよう……

「あー焦った……って、ウルビダ?」
「話し掛けないでくれ、集中してやらないと失敗するんだ……」
「そ、そうか……」

人参の皮剥きをしていたウルビダは、物凄く眉間に皺を寄せながらも少しずつ綺麗に皮を剥いていっていた。
恐らく、切る時も一回一回慎重にやっていくのだろう……モノの出来は良いんだが、慎重になり過ぎて作業時間が長い。
野菜切るだけでコレって、じゃあ他の作業をやらせたらコイツ等どんな事をやらかすんだ……? そう思いつつヒロトの方を向けば、此処へ来るまでに見たのと同じような苦笑いを浮かべていて。

「壊滅的に駄目って言った意味、分かってくれた?」
「分かった、けど……まさかここまでだとは思わねぇよ……」
「永塚ー! 指切ったー!!」
「はぁ!? あぁもう緑川も大人しくしてろ!!」

……よし、決めた、今やってる作業が終わったら全員座って待っていてもらう事にしよう。
じゃないと見てるこっちが怖いし、俺が全部やった方が早く終わる。
量が多い分いつもより雑になってしまうかもしれないが、そんな事構ってられる状況ではないのも十分過ぎる程に理解しました。

(もし瞳子監督とウィーズとゾーハンも居たらどうなってたんだ? コレ……)

今は居ない三人の腕前についてを考えてみるが、……不安感しか持てなかったので考えるのを中断した。
作る事だけに専念しないと。

「さっさと終わらせよう、そして食わせて片付けてしまおう」

じゃないと、スゲェ、不安。



駄目だコイツ等、早く何とかしないと


多少時間が掛かりつつも完成したカレーは賞賛の声を頂けて良かったのだが、初日で最初の飯だというのに心身共に酷く疲れた。
家政婦さん、やっぱり俺はコイツ等に毎回食事を用意していた貴方を尊敬します……それから俺、悟りました。
俺に与えられた仕事は、此処の住人に食事を作ってやるだけではない。
マトモに料理出来るようにしてやらないと、多分……いや、絶対と言っても良いかもしれない。

いつか死人が出ます。