03.叩き込む事にしました

「やっと休める……」

風呂から上がって寝る支度を終えて部屋に戻り、敷いておいてくれた布団にぼふんと音を立てて倒れ込む。
全員分の食事を八割、いや九割一人で用意したからな……木野達と作ってた時は分担していたからあまり感じなかったが、大人数の食事を用意するのってこんなにも大変な作業だったんだな。
予想していなかった訳では無いけども、今回はその予想を遥かに上回るっつーか斜め上をいくっつーか酷い有り様を見たから余計に疲れたのだろう。
小中学校と調理実習は何度もやって来たが、あんなレベルの奴は一人も居なかったぞ……見映えなどの形の良し悪しは別として、小学生でも包丁の扱いはちゃんと出来ると思う。
昼間の電話で手伝いはしていたとヒロトは言ってたが実際どの程度の手伝いだったのだろうか? もしかしたら、あまりの酷さに家政婦さんも自分が全部やるしかないと思って皆を調理場から遠ざけていたのかもしれない……

「あ、永塚が死んでる」
「生きてるっての」

同じく寝る支度を終えた緑川が部屋に来て襖を閉め、俺の隣に敷いてあった布団の上に座った。
いつも高い位置で結んでいる髪を下ろしている姿を見るのも久し振りだな、と思いながら俺も身体を起こして座り直す。

「あはは、お疲れ。カレー美味しかったよ、やっぱ永塚の作ってくれるご飯は良いね!」
「そりゃどーも。けど、このままで良いとは思ってないだろ?」
「まぁ、もうちょっと出来るようにならなきゃだよなーとは思うけど……皆で作ろうとすると毎回あんな感じだし」

改善しようにも教われる人が居なかったからさ、と緑川は言う。
だったら、その問題は今日で解決出来たじゃないか。

「俺が教える」
「え?」
「というか叩き込む。勿論緑川、お前にもな」
「えぇっ!?」
「楽して飯食わせてもらおうだなんて甘い考えがいつまでも通ると思うなよ?」
「うっ……そ、そうだけどさぁ」

危機感を覚えた、教われる相手が居る、なら後は自分から学んでいく気持ちが有れば改善していける。
俺に助けを求めて来た時点で皆「何とかしなければ」という思いを持っていたハズだ、俺はその手伝いをしてやれば良い。
此処の皆は手伝いを申し出てくれた良い奴ばかりだし、基本さえ身に付ければ上達するのも早いだろう。

「サッカーも料理も経験だよ、積み上げていけば自分の力になる。ジェネシスや日本代表になれたお前等なら、絶対上手くなるって俺は思うけどな」
「……そう思う?」
「あぁ」

緑川はさっき切ってしまった指に巻いた絆創膏に目を向けながら、暫し考え込む素振りを見せる。
そして数秒が経過した後、顔を上げて「よし、やってみる!」と明るい表情を浮かべた。

「雨垂れ石をも穿つ、って言うし。僅かな事でも根気良く続けていけば成功に繋がる、無駄に終わる事なんて無いよね。……失敗した時の食材は無駄になるかもしんないけど」
「あー……其処は無駄にならないように俺が何とかする」
「お願いします永塚先生!」
「はは、頑張るよ」

今日はもう寝たら? と緑川が言ってくれたのでお言葉に甘える事にして、電気を消してもらって互いに布団に潜り込む。
緑川におやすみを言って目を閉じれば、夢の中へと旅立つまでそう時間は掛からなかった。



「ふぁ……あれ、永塚くんもう起きてたんだ。おはよう」
「あ、おはようヒロト。もうすぐ朝飯作り終わるから皆に声掛けて来てくれるか?」
「うん、分かった」

セットしておいた携帯のアラームで起きた俺は、まだ気持ち良く寝ている緑川を起こさないように身支度を整えて朝食の用意をしていた。
和食派か洋食派かっていうのは分からないからテキトーではあるが、皆の口に合えば特に問題は無いかなとも思う。
焼き終えたオムレツを等分切りして皿に乗せている間に全員起きて来たようで、おはようと挨拶を交わして皆の分を運んでもらった。
いただきますを言って各々食べ始める。

「ん、美味い」
「さんきゅ。それでさ、食べながらで良いから聞いてくれ。今日の昼から皆に料理指導をしようと思う」
「指導?」
「昨日見てどのくらいヤバイのかは分かった。確かにコレは死活問題だ……だからこそ、自分達で出来るようにならなきゃ駄目だと思うんだ」

家政婦さんの風邪が治って復帰しても、もしまた体調を崩したり諸事情で来れなくなったりしたら同じ事の繰り返しになってしまうだろうから。
その度に俺が此処まで来る訳にもいかないしな……今回は休みだから良かったけど俺も部活やら何やら有るし、いつも都合良く事が運ぶ訳が無い。
それに、

「スゲェ美味い、とまではいかなくてもさ、料理出来るようになって家政婦さんに振舞ってあげたらどうかな」

いつも世話になってるんだろ? と問えば、それにまず返答したのはヒロトだった。

「そうだね。日頃の感謝の気持ちも込めて、出来るようになった所を見てもらいたいな」

皆はどう思う? とヒロトが問い掛ける。
少し不安そうにしている奴も居たが、決心したのか反対意見を挙げる事は無く満場一致で決行する事になった。

「調理法とか細かい事は後から覚えていけば良い、まずは包丁の扱い方とか基本を学んでくれ。昨日はマジでビビったぞ……」
「す、すまない……」
「じゃあ、皆でお昼ご飯の買い物に行くッポ?」
「そうね、必要なモノを買い足しておかないと」

皆の気持ちは固まった、これで最初の関門は突破出来たも同然だろう。
何をやるにしても、大事なのは実行しようという気持ちだからな。
……まぁ、昨日の事を思い返したら不安も有るというか有りまくりだが……何とかなるだろ、きっと。
全員が食べ終わって片付け始める前に、そういえばまだ言ってなかったと忘れていた事を口にする。

「俺さ、まだ皆の本名知らないんだよな。……教えてもらっても、良いか?」

昨日話した感じではエイリア学園時の名前でも特に気にしてないようだったが、ヒロトと緑川を本名で呼んでいるように皆の事も本名で呼びたい。
そう言えば、柔らかな笑みが此方へと返って来る。

「私は八神玲名だ」
「阿久津聖」
「鯨井隆則だ」
「紀伊布美子よ」
「駒沢恭馬です」
「羽崎剛太」
「久井ルル! ルルで良いッポ」
「根室、君之」

八神に阿久津、鯨井、紀伊、駒沢、羽崎、ルル、根室か……よし、分かった。

「有難う、改めて宜しくな」
「此方こそだよ」

皆との生活も親睦を深め合うのも、まだまだ始まったばかりだ。



現状打破しましょう


全部任せてしまったから洗い物は自分達がやると言ってくれたので、俺はソファに座ってノートにメモを書き込んでいた。
初歩的な献立といったら何だろうな……切る事をメインにやるから、サラダや肉野菜炒めのような簡単且つ量が作れるモノでも良いかもしれない。
いつも行っているというスーパーで安売りしてくれてたら助かるんだけどな。

「何を買うか考えているのかい?」
「ヒロト」

隣良いかな、と聞かれたので頷いて答える。
俺の書いたメモを見ているヒロトは、何だか楽しそうな表情を浮かべていた。

「そんなに楽しみか?」
「楽しみだよ。君が来てくれたから、皆でやれる事が一つ増えたんだからさ」
「お前も上達してくれよ?」
「ふふ、分かってるよ」

頑張るね、と笑うヒロト。
俺も指導する側として頑張らないとだな、そう思いながらノートにペンを走らせた。