01.飛び込んだら超次元

今日も楽しかった部活の帰り道。
鞄と部活用バッグが少し重いかなーと感じながら、私はお兄ちゃんと一緒に陽が暮れつつある住宅街を歩いていた。
この時間帯ってちょうどご飯の支度時だから、周りの家から漂ってくる良い香りがお腹の虫を活発化させちゃうんだよねぇ……なんて思っていた直後にお腹がぐうと鳴る。
はらへりなう。

「お腹空いたー」
「空いたなぁ。帰ったらすぐ夕飯の支度するよ」
「今日は何作るの?」
「えーと、確か豚肉が冷凍してあったと思うから生姜焼きかな」
「生姜焼き!」

今日の食事当番はお兄ちゃんなので、私は何もしないで済むから楽である。
その代わり、明日は私が当番だから頑張らないとなんだけどさ。

「……ん?」

この道を右に曲がったらもうすぐ我が家、って所で、正面の道に何やら小さな物体が居るのを発見する。
んん、何だろアレ……黄色くて丸い、物体。

「お兄ちゃんお兄ちゃん、」
「ん?」
「何か変なのが居る」
「変なの?」

ほらアレ、と先に角を曲がろうとしていたお兄ちゃんを引き止めて「変なの」を指差す。


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「……ひよこ、かな?」
「のような、違うような……? でも、ひよこにしてはちょっとデカくない?」
「確かに、ひよこにしてはサイズが……というか、何でこんな道の真ん中にひよこが居るのかっていうのも疑問なんだけど」

ひよこっぽいソレは、真ん丸な目で私達をじーっと見詰めてくる。
気になって近付いてみると、逃げ出したりはしないようでそのまま私を見ていて、しゃがんで触ってみると、もっふり柔らかい感触がした。
撫でると目を細めて気持ち良さそうにするし、こちょこちょくすぐってみると、ぷるぷるするし……何だコレ、楽しいぞ。

「楽しくなってきた」
「ほら、ちょっかい出してないで帰るぞ。お腹空いたーって言ってたのお前だろ」
「えーもうちょっと遊んでたい、コレ楽しい可愛い」
「じゃあ俺は先に帰ってるからな」
「はーい」

先に帰って行ったお兄ちゃんに返事をしつつ、ぴよ(と呼ぶ事にした)のもふもふ具合を堪能する。
良いなぁこの子、野良ぴよなのかな? いや野良ぴよって言い方はおかしいか、飼い主居ないのかな。
もしどっかで飼われてる訳ではないなら連れて帰っても良いかなぁ、飼って沢山可愛がりたいなー……と思い始めてる自分が居た。
そんな邪な考えが伝わってしまったのか、関係無いのかは分からないけど……突然ぴよは、てててーっと向こうの方へ駆け出して行った。
……何故だろう、このまま見送ってしまったら、ぴよとは二度と会えないような気がする。
それに、何処へ行くのかっていうのも気になる、し……うん、気になる。
ゴメンお兄ちゃん、もうちょっとだけ帰るの遅くなるかも! と心の中でお兄ちゃんに謝ってから、私はぴよの後を追い駆けてみる事にした。
ら、結構ぴよ走るの早いね!?
あのちっさい身体でどうしてそんな素早さが出せるのか不思議なんだけど……!

「……って、えぇっ!?」

追い駆けていったその前方、ぴよのすぐ先には大きな穴が開いていて。
蓋外したままのマンホールとか危ないじゃん工事の人何やってんの!? っつかこんな大きなマンホールなんて有ったっけ!?
なんてのは実際には思う間も無く、なんとぴよはその穴を避けも飛び越えもせず、そのままぴゅーっと落ちていってしまったのだ。
嘘、ちょっと、いくらあのもふもふな身体でも穴に落ちたら怪我するって……!

「ぴよ! ぴよーっ!!」

止まって穴の中を窺う、という考えは今の私の頭には無くて、ぴよを助けなきゃ! って一心で、走って来た勢いのまま穴にジャンプして飛び込んだ。
鞄が邪魔になるだろうけど、部活後で疲れが有るだろうけど、それでも何とか着地は出来るんじゃないかなって。

……思ってた、ん、だけど?

「え、」

飛び込んだのに、地面が無い。
下水も流れてない。
ぴよも居ない。
在るのは真っ暗な周囲と、私が落ちていってる感覚だけ。

「えっ、な、な、何? 何が起きてんの、ねぇ……!?」

真っ暗で何も見えなくて、手足をバタバタ動かしてみてもひたすら落ちていってるだけで、止まる気配が無い。
……もしかして私、このまま……死ぬ、とか?
嘘でしょ? ぴよを追い駆けて来ただけなのに?
お兄ちゃんの言う事ちゃんと聞いて帰ってたら良かったのか、そうすれば今頃家でのんびりご飯が出来るのを待って一緒に食べてって出来ていたのか。
やだ、怖い、何なの怖いよ、お兄ちゃん……っ!

「助けて、お兄ちゃん……っ!!」

──そう叫んだ、途端。
真っ暗だった周囲がいきなり明るくなって、ぐんっと何かに引っ張られるかのように身体が前のめりに傾いて。
そして、

「ぶふっ!!?」

物凄く砂っぽい所に、顔面から突っ込んだ。

「…………」

今度は何が起こったのだろう。
落下は、止まったみたい……顔と両手は砂っぽい所に着いてるというか突っ込んでる、足も同様に浮遊感は無く止まっているようだ。
両手に力を入れて身体を起こしてみて、口の中に入ってしまった砂をペッペッと吐き出す。
一体何がどうなったんだと思いながら、顔全体を拭ってから目を開けて確認してみると。
目の前に、広がっていたのは。

「…………は?」

よく晴れて太陽が眩しい青空。
陽に当たって少し輝いて見える砂浜に、静かに波音を立てている綺麗な海。
近くには緑色の木々と、大きな木にぶら下がっている一際大きいサイズのタイヤと…………えー待て待て、待って、うん?

「どこだ、ここ。」

住宅街とは縁遠過ぎる海辺に、私は、居た。



超次元の始まり


お兄ちゃん、妹は天国に来ちゃったのかもしれません。