02.天使との遭遇

ハロー! 私、紡乃万里! 青春真っ盛りなピッチピチの女子高校生(17)だよっ☆
ちょっとした好奇心でぴよを追い駆けて穴にダイブ! してみたらうっかり天国に来ちゃった~てへぺろ☆

「なーんてふざけてる場合じゃないですね。ウン」

あまりにも非現実的な出来事が有ったせいで頭が混乱しておーる……正気に戻らねば。
えー取り敢えず、現状確認をしてみようか。
今の私は、手足……はちゃんと有る、多少の衝撃は有ったけど怪我も無く動かすのも問題無し。
制服着てるし荷物も有る、砂にめり込んじゃってる鞄二つも掘り起こして、と。
あとは……自分の事も家族や友達の事も分かる、今日何が有ったか今までどんな生活を送ってきたのか、ちゃんと記憶も有る。
なのでつまり、私は何も欠く事無くこのまんま何故かイキナリ海辺にやって来て……いや落ちて来ちゃったようだ。
穴に落ちた先が海辺、ってのは意味分かんないんだけどさ……もしかして地球の裏側? 日本の反対側の国に来た、とか?
もし反対側だったら、さっきは日が沈む頃だったのに今は昼間なのも少しは納得出来……はしないか。

「…………よし、ぴよ見付けよう」

此処へ来ちゃった原因がぴよとぴよが飛び込んだ穴なら、もっかいぴよと会えたら何か分かるかもしれない。
……や、分かんないかもしんないけどね、こっちの言ってる事分かってるのかどうかってのも不明だし。
それでも、唯一の手掛かりはあの子だけだから、縋ってみようと思います。
やる事を決めた所で、立ち上がって全身に付いた砂を何とか払い落とし、鞄を持ち直して改めて周りを見渡す。
海の向こう側に有る大きな島へはどう行ったら良いか分かんないから除外かな、それにもし先にぴよが此処へ来てても渡れないだろうし。
木々が生えてる林というか森というか? その中でのんびりしてそうなイメージも有る、けど……入ったら自分が迷子になりそうだから止めとく。
という訳で、残った選択肢は海沿いに歩く、か。

「ぴよが無事に見付かりますよーにっ!」

両手をパンッと合わせて太陽に祈ってみる。
二度と会えないような気がして追い駆けたのだから、追い駆けてこんな所までやって来た私は会えるハズだ!
さっき感じた自分の勘を信じて、私は砂浜をざくざく踏みしめながらぴよを探す為歩き出した。



「空腹MAXでもう駄目だぁ……」

海沿いに歩いて行った結果、見事に海と砂浜と木々ばっかりでなーんも見付けられませんでした、ハイ。
しかも途中で大回りしないと先に進めないという地形に遭遇してしまったので、先に進むのは諦めて反対方向に行こうと戻って来たんだけど……お腹が空いて力が出ません。

「夕飯食べる前に来ちゃったもんなー……」

今頃お兄ちゃんは、私の帰りを待ちながら生姜焼きをじゅーじゅー焼いてるんだろうなぁ。
ご飯炊いて、お味噌汁も作って、帰ったら「おかえりー」って言ってくれて……そうなるハズが、今の私は天国なう。
……あれ、今気付いたけど、死んでたら空腹になったりはしないよね? 死んでたらそういう感覚って無くなるモンじゃない? 有るの??
ひょっとしたら此処は天国って訳ではないのかもしれないと思い始めたけど、人も動物も発見出来てないからどうなのかは分かんない。
それに、このまま空腹で飢えて倒れたら本当に天国に行く事に……なる訳で……綺麗な所だけど此処が最期の場所は嫌だな。
お腹空き過ぎなのと先への不安で何だか眩暈がしてきたぞ。

「……ん?」

倒れそうになりながらお腹を抱えつつふらふら~っと歩いていたら、向こうの方からドーンって何かがぶつかる音が聞こえてきた。
何だろう? 音がするのは、落下した所の近くに有って、大きなタイヤがぶらさがってるのが印象的だった木の……えっ!?

「人!?」

その木の所に、人が居る。
青と白のジャージを着て、大きなタイヤをぶん投げたり両手で受け止めたりしてる、人が。
人が、居た……!

「っおーい! おぉーいっ!!」

私は人が居たという事が嬉しくて、その時だけ空腹感を忘れてその人に向かって大声で呼び掛けながら駆け出した。
そうしたらその人は私に気付いてくれて、こっちを向いてくれたんだけど、も。

「おー……ぶふぅっ!?」
「えっ!?」

砂に足をとられて、落下して来た時と同じように砂浜に突っ込んでしまった、顔から。
気持ちが優先されても、疲れてる身体の方は正直だったようだ……

「だ、大丈夫ですか……?」
「あい……」

ずっコケた私の近くに来てくれたその人に、無事を伝えようと突っ伏したまま片手をヒラヒラさせて答えた。
顔を上げて身体を起こして座り、また顔に付いてしまった砂を拭って落としてからその人──濃い橙色のバンダナを着けているのが印象的な茶髪の男の子、に問い掛ける。

「あ、あのっ! 今の日本語ですよね!?」
「えっ? た、多分」
「って事は日本人ですか!?」
「まぁ、一応……」
「じゃあ此処って日本なんですね!!?」
「えーっと……日本ではない、です」
「えっ」

日本語使ってて、日本人なのに、日本ではないだと……?
人が居る=天国ではない、って事と、地元ではないにしろ日本に居るんだって事で安心しようと思ったら、まさかの最後で否定されてしまった。
数秒固まる私。

「……じゃ、じゃあ此処は、一体何処なの……」

OとT(またはR)とZで表せる体勢でショックを受けていたら、ついでに涙目にもなっていたら、男の子は慌てて再び声を掛けて来た。

「あの、日本ではないけど、此処はジャパンエリアっていって日本人も多く居るんで!」
「ジャパンエリア……?」
「そう、ライオコット島のジャパンエリア。俺以外にも日本語通じる奴いっぱい居るから、ソレは大丈夫!」

らいおこっと……? そんな名前の島有っただろうか、地理苦手だから分かんないけど。
でも、世界は広いからそういう名前の島も有るのかもしれない。
涙目でしょんぼりしてる私を元気付けようとしてくれているのか、男の子はあわあわしつつも説明を続ける。
フットボールフロンティア・インターナショナル? の本戦開催地で日本から離れた所に有るけど日本人もいっぱいだとか、違う国籍の奴もいっぱいだけど良い奴ばっかりだとか、何か色々。
聞いた事が無い単語も何度か出て来て分からなかったりもしたけど、男の子は一生懸命私に話し続けてくれた。
そんな男の子を見てたら、何だか安心感がやって来て、涙も止まって……そして、またお腹の虫がぐうなんて可愛らしいモノじゃないぐうきゅるるるると思いっきり鳴いた。

「……えと、お姉さんお腹空いてるのか?」
「うん、ご飯の前に此処へ来ちゃって何も食べてないの……」
「じゃあさ、俺達の所で食べて行けば良いよ! ちょうどもうすぐ昼飯だからさ」

なっ? と、男の子はニカッと良い笑顔でとても有り難い提案をしてくれた。
提案を聞いた時すぐには頭に入って来なかったけど、何度か頭の中で繰り返して言われた意味を理解して。
その提案にうんうん頷いて返せば、男の子は私の手を引いて立つのを手伝ってくれて、私と手を繋いだまま「案内するよ」と歩き出した。
……この子は、会ったばかりの人に優しく出来る子なのか。
それにご飯も恵んでくれるだなんて、天使か。
うっかりまた涙目になりそうだったのを制服の袖で拭い、男の子の後をついて行く。

「ところでお姉さん、名前は?」
「お姉さんは、紡乃万里っていいます」
「万里さんか。俺は円堂守、宜しくな!」

歩きながら、男の子……守くんは、何度も話し掛け続けてくれた。
俺達の宿舎はすぐ近くだからすぐ着くって、ご飯もあとちょっとで出来るからって。
励ますように、何度も何度も。
そんな守くんの手はとても温かくて、笑った顔も太陽のように明るく、眩しくて。
右も左も分からないこの土地で初めて出会えたのが彼で良かったと、心からそう思った。



どん底から導いてくれた掌


天国に来た訳じゃなかったけど、天使のような男の子には出会ったよ、お兄ちゃん。