03.あっちの世界とこっちの世界

「ごちそうさまでしたーっ!」

食べる前にした時のように、両手を合わせて大きな声でご馳走様を言う。
はー美味しかったぁ……味は勿論だけど、彩りも良くて色んな食材が使ってある料理だった。
しかも毎回20人前ぐらいの量を中学生の女の子達が作ってるというのだから驚きである、食堂のおばちゃん達にだって負けないよ。

「とっても美味しかった! アリガトね!」
「お姉さん元気出た?」
「出た出た、すっごい元気!」
「そっか!」

私の隣で自分の分を食べていた守くんは、食べ終わった私を見てまたニカッと良い笑顔を浮かべた。
この美味しいご飯を作ってくれた女の子達にもお礼を言って深ーくお辞儀をすると、ふふっと笑ってくれたので嬉しい。

「円堂くんがいきなりお姉さんを連れて帰って来た時はビックリしたけどね」
「でも、こういう時は人助けしないとですよね! ご飯を食べるのはとっても大事ですし」
「お父さん達も、ご飯ぐらいならって許してくれて良かったです」
「いやー本当君達天使だわ……」

突然の出現で物凄く驚かせてしまっただろうに、女の子達は嫌な顔一つせず私に美味しいご飯を振舞ってくれた。
マネージャーであるらしい木野秋ちゃん、音無春奈ちゃん、久遠冬花ちゃんは此処の癒しなんだろうなー……

「……で、食べ終えた所で。貴方が誰なのか何処から来たのか、そろそろ話してもらえますか?」
「あ」

そうでした、まだちゃんと此処の人達に説明してないのに和んじゃってたや。
端の方の席でガツガツと感動しながら食べている私を、守くんを除く此処の男の子達はずーっと不審な眼差しを向けながら食べていた。
だよね、いきなり現れてタダ飯貰ってる正体不明の女子高生なんて不審者でしかないよね! ハイ分かってます!
メンバーを代表して、ドレッドヘアーにゴーグルとマント着用という変わった格好をしている男の子(見た時ビックリした)が私に問い掛けてきたので、私も答える。

「えっと、そのー……まず名前から、で。私は紡乃万里、17歳の高校2年生」

どうして此処に来たのか何をしていたのか……ぴよを追い駆けて来たら此処へ落下到着してしまった事を、皆に説明した。
説明し難い内容だけど、起こった事全てをそのまま全部。
で、説明し終えて皆の顔を見てみると…………あぁうんやっぱそういうキョトンとしてたり訝しんでたり呆れてたりな顔するよね、予想はしてた。

「…………あー、一応確認させてもらうが。嘘を吐いてる訳ではないんですよね?」
「私だって信じられないけど全部本当の事なんだよう……」

自分の額に手を当てながらドレッドゴーグルマントくん(長い)が聞いてきたので、嘘偽りは一切無いというのを伝えた。
私の返答を聞いたら今度は眉間に皺を寄せながら腕を組んで考え込んでしまったけど、そう答えるしかない……

「……あ、ねぇ私も質問して良い? さっき守くんが言ってた、フットボールフロンティア・インターナショナル……? って、何? フットボールって事はサッカーの大会なんだよね?」
「あぁ、FFIは中学サッカーの世界一を決める大会なんだ。俺達は日本代表チームのイナズマジャパンで、決勝トーナメントにも出場出来る事になったんだぜ!」
「へぇぇ、それは凄いなぁ! 日本代表で決勝トーナメント出場かー! ……でもさ、あのさ。私そんな名前の大会もチームも試合も、一度も観た事も聞いた事も無いんだけど……」
「えっ?」

私の記憶が確かなら、中学サッカーでも大きめな大会は有っても、FFIなんて世界規模で取り上げられてる大会の話なんて一度も聞いた事が無い。
サッカー中継は色々観たりしてたけど、地上波でもケーブルTVでも観た事無いなぁって……大会の話を聞いてから疑問に思ってた。

「……日本から来た日本人、なんだよな?」
「うん」
「なのに、俺達の事やFFIの事は知らないのか?」
「知らないっていうか、無いと思うんだけど…………あれ?」

守くん以外の男の子も少しずつ私に質問を投げ掛けてくれるけど……何でだろう、認識が噛み合ってない、ぞ?
此処に居る皆は日本人、私も日本人。
けれど、片方には有る当たり前の認識が片方には無いって、どういう事なんだろうか。
不審に思っていた子達の表情がますます険しくなって、キョトンとしてた子の私を見る目も、不審を帯びるモノに変わっていって……この空間が、しんと静まる。
…………あ、ヤバイ、不安感が強くなってきた。
信じられないというような視線が、思いが、だんだんと自分を信じられなくなってくる感覚を生む。
おかしいのは、私。
自分という存在に対しての疑問だけでなく、恐怖にも襲われて震えそうになった──そんな時だった。

「もしかしたら、貴方は並行世界からやって来た方なのかもしれませんね」

この空間の静けさを破る一言が、全体に響き渡るように聞こえてきた。

「目金、それってどういう事だ?」
「つまりですね、紡乃さんは僕達のこの世界とは別の世界からやって来たのではないか、と僕は思うんですよ」
「別の、世界……?」
「えぇ。日本であって日本ではない所から、ね」

少し離れた場所に座っていた、名前の通り眼鏡を掛けている目金くんは、くいっと手で眼鏡を上げる仕草をしてから私に問い掛ける。

「日本では毎年、FFという中学サッカーの全国大会が行なわれているのですが、聞き覚えは?」
「フットボールフロンティア、って全国大会? ううん、無い……」
「ふむ、やはりそうですか」
「……えーと、目金? それだけじゃよく分からないんだが……」

前髪で左目が隠れている青髪ポニテの男の子が、軽く手を挙げながら目金くんに補足説明を要求した。
その要求に対し、目金くんは人差し指を立てて見せながら答えを話し始める。

「並行世界とは、その名の通り並んで存在している世界。同じであって同じではない、同じ所に在って同じ所には無い世界の事です」
「同じではない世界……」
「存在している次元が違う世界、とも言えますかね。国や文化など基本的なモノは同じでも、細かい所が違っていたりするんです。本来なら並行世界は互いに干渉せず出来もしないハズなんですが……そのぴよという生き物と紡乃さんが通って来た穴は、此方の世界に繋がっていたのでしょう」

理由は不明だが、私が居たあっちの世界とこっちの世界を繋ぐ穴がたまたま出来ていて、ソレを通って私はこっちに来てしまった……という事なんだろうか。
でもこの話って、漫画やSF映画とかで使われてそうな、現実味が無い話だよなぁ……まぁ、現実味が無い体験をしてきましたけども。
思っていたのは私だけじゃないようで、誰かがその事を指摘すると目金くんは更に話を続ける。

「確かに、僕もまさか実際にそんな事が有るなんて……とは思ってますよ。ですが、他に納得出来る理由を挙げられますか?」
「それは……無い、けど……」
「そうでしょう? なので以上の理由から、此方では有名な大会が開催されていても紡乃さんの居た世界では存在していないというだけで、彼女は本当に日本から来た日本人だと思いますよ」

目金くんはそう言い終えてから、ご飯と一緒に渡されたコップに入ってる水を一口飲み、またコトンとテーブルに置いた。
一通り説明を聞いた皆は、顔を見合わせたりぽそぽそと意見を交し合ったりして真偽を判断しようとしているようだ。
当事者である私は、というと……ぶっちゃけ内容が難しくて全て理解するのに少し時間が掛かったんだけども……でも、彼の話はやけに説得力が有った。
それに、……この説明は、私を否定しないでくれたように思えて、とても嬉しかった。
目金くんはそんなつもり無かったのかもしれないけど、お礼を言いたくなり……口を開こうとした、時。
「だぁーっ!!」と大声を上げた子が居て驚いて、開こうとした口はぎゅっと閉じてしまった。
大声を上げたのは肌が黒めでゴーグルを頭に乗せた桃色髪の男の子で、両手で頭をぐしゃっとしている。

「どういう事なのかサッパリ分かんねぇ!」
「だから説明してるじゃないですか綱海くん、僕達の世界では常識になっている事でも彼女の世界では常識ではなく……」
「だーっもうややこしいんだよ!」

綱海くんと呼ばれたその男の子は、ガタンと椅子を揺らしながら立ち上がったと思ったらズビシィッ! と私に人差し指を向けてきて。

「よーするに、その姉ちゃんはこっちに迷い込んで帰り方が分かんねぇって事なんだろ!? そんで、ぴよって生き物が手掛かりだから探してる。だったら、探すの手伝ってやれば良いじゃねーか!」
「へ?」

今度は綱海くんの言い放った言葉によって、再び場がしんと静まる事になった。
……こ、この子は、今なんと……探すの手伝ってやる、って? え??
どう返したら良いんだろう……そう思ってるのは私だけじゃなく皆も同じのようで、パチパチと目を瞬かせている子も何人か居る。
そんな中、綱海くんの発言によって出来たこの静けさを最初に破ったのは、「だよなぁ」とへにゃっとした顔で言った守くんだった。

「俺も目金の話は難しくてよく分かんなかったんだけどさ」
「ちょっ、円堂くんまで……」
「知り合った人が困ってるんだ、なら手伝うだけだよな」
「……守くん……」
「って言っても、俺達も練習が有るから付きっきりで手伝うってのは出来無いんだけどさ」

でも、出来る限り手伝うから、と。
守くんも、こっちに向けていた人差し指を親指に変えてグッと見せた綱海くんも、笑っていて。
そんな二人の言葉を聞いていた皆も、殆どの子が「しょうがないな」っていうような表情を浮かべ始めた。
難しい顔をしていたゴーグルマントくん(少し略した)も、同じように眉尻を下げて口元を緩めている。

「て、手伝って、くれるの……?」
「おう!」
「……っ、あ、あり、ありがとう……っ!!」

この子達を見ていたら、聞いていたら、さっき生まれた不安感はすっかり解けて無くなって。
私の中を、安心感が満たしていくのを感じた。

「ま、探してみた所で見付からないかもしれないけどね~」
「うっ、」
「コラ木暮くん! そういう事言わないの!」
「まーまー、前向きに考えようぜ、前向きに」

穏やかではない空気だったこの場は打って変わったように明るくなって、次々と会話が飛び交うようになった。
途中だった食事を再開したり、食べ終えてこっちに来て話し掛けてくれたり、自己紹介をしてくれたりして。
怪訝そうに私を見ていた子達も柔らかい表情を浮かべながら、その中に混ざっていた。
……此処の子達は、本当にあったかくて優しい子ばかりなんだなぁ。
や、よーく見てみたら、物凄く一部は我関せずな感じなのを貫いてる子も居るみたいなんだけどさ。
それでも、何というか。

(このチームは、とても居心地が良いんだなぁ……)

出会ったばかりの私でもそう思うぐらい、生まれた不安も払拭しちゃう力を持った安らぎが、此処には在った。



満たされたのはお腹だけじゃなく


「それじゃ改めて宜しくな、万里さん」
「ん、宜しくお願いしまっす。あ、ねぇ折角だからさ、親しみを込めて名前呼び捨てで呼んでも良い?」
「あぁ、良いぜ! じゃあ俺も、万里さんじゃなくて万里姉ちゃんって呼んでも良いかな?」
「勿論!」

此処へ連れて来てくれて有難う、守。