06.長かった一日
右に曲がってみても似たような通り。
左に曲がってみても似たような通り。
何処を曲がっても景色が変わってないように見えるのはどうしてですか、大工さん。
「と、特徴が無いぞーう……?」
どの家も同じような大きさと形をしていて特徴が無く、さっき通った気がする家と同じ形の家がまた現れるともう何処を歩いて来たのかサッパリ分からんです。
日本家屋のテンプレでも有るんだろうか……ならもうちょいバリエーション増やしてほしかったよ大工さん。
迷子になったのを自覚してからどのくらい経ったんだろう? ちょっと陽が傾いてきた気がする。
何時か確認したくても腕時計は鞄の中だしなぁ……あーでも、もし持ってたとしても時間はあっちの設定のままだから役に立たなかったか。
方向音痴でもなければ迷子になり易いタイプでもなかったハズの私が、未だにこのジャパンラビリンスを抜け出せないでいる。
……横文字にしたらちょっと格好良くなる? ってしてみたけど封印しよう、ダサかった。
「ぐるぐるしてたらもっかいぴよに会えないかなーって思ってたけど、やっぱ無理っぽいな……」
一体何処まで走って跳んで行っちゃったんだろう、ぴよ。
戻り方を探りつつぴよも居ないか見ているが、気配は無い。
それにぴよの目的も分からないままだ、こっちが自分の世界で、穴にダイブしたのはお家に帰る為なのかなーって思ったりもしたけど違う感じだしなぁ。
追い駆けると逃げるし……最初に触らせてくれたのは気紛れだったのかな、実は気持ち良さそうにしてたのは演技だったとか? わーお演技力高いなーぴよ凄いやー。
……現実逃避でふざけるのはそろそろ止めよう、虚しくなってきた。
「……何か、疲れてきた……」
色々考えながらも歩き続けていた私は、この角を曲がったら真っ直ぐ進む事にしようと決めて角を曲がり、歩いていたのだけれど。
次第に自分の身体が重たくなってきているのを感じて、足もスムーズに動かせなくなってきた気がする。
あと、……すっごい、眠くて……欠伸も頻繁に出るし、瞼も重たくなってきた。
どうしてだろう? ……その理由を考えて、私はある事に気付く。
「……あー、そっか。そろそろ眠気がやって来る頃だー……」
イキナリ海辺に居たり守達と会ったりぴよを捜したりで頭から抜けちゃってたけど、こっちに来る前に私は学校での一日を過ごしてきたんだった。
朝練が有ったから早く起きて学校行って、その後もキッチリ授業を受けて部活もやって~っていういつものスケジュールをこなして家に帰ろうとしてたのが大体6時過ぎぐらい?
そんでこっち来てからの数時間もプラスしたら、そりゃー疲れもピークだよねぇ……いつもなら今頃お風呂も入り終わって寝る支度してる時間じゃないだろうか。
そんな今日のスケジュールに勝負とぴよ捜しが増えちゃったおかげで余計疲れが溜まったんだろう、勝負も増やしたのは私だけどさ。
「うー……ねむ…………っ!?」
急に、ガクンと足の力が抜ける。
ふらふらっと倒れそうになったので咄嗟に道の端に寄り、塀に手をついて何とか保つ。
けど、あんまし力入らない……コレは、本当にヤバイ感じになってきた、ぞ?
宿舎に戻るまで起き続けていられる自信が無ければ戻り方も分かんないし、今どの辺を歩いてて宿舎までどのくらいの距離が有るのかも分からない。
誰かに道を尋ねたくても、何故か誰一人居ない通らない遭遇出来無いという状況で。
もし、……もし、このままずっと帰れなかったら、私どうなるんだろ。
この世界唯一の拠り所になるかもしれなかった宿舎の場所が分かんなくて戻れなくて、ぴよも見付からないままで……あっちの世界にも、家にも、帰れなかったら。
友達にも、お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにも……会えなく、なったら。
そんな風に思ってしまうのは疲労と眠気のせいかもしれない、ネガティブな考えばっかり浮かんできて私の頭を支配する。
振り払って体勢を立て直して歩かないとなのに、……やっぱり力、入らない。
(──あ、もう駄目だ)
限界を悟った私は塀に背中を当てるようにして姿勢を変え、そのままずるずる落ちて地面に座り込み両足を抱える。
倒れちゃうのは痛いし見た目もアレだから、寝落ちる前の悪足掻き。
全身から力が抜ける、何も考えられなくなる。
重さに逆らうのを止めた瞼は閉じていき、私はそのまま意識を手放した──……
「…………ぃ…………おい……」
何か聞こえてくる。
音? ……いや、声……のような…………うん、声だ。
「……きろ、……いてんのか、……!」
必死に叫んでるような声が、聞こえてくる。
それと、ぺちぺち叩いたり、ぐらぐら揺らしたり……叩かれたり、揺らされたり?
だんだんと、感覚が戻って来る。
「目ぇ開けろっつってんだろ! 起きろ!!」
「……ほぁ?」
今度はハッキリと声が聞こえ、その言葉の意味を理解して重たい瞼をゆっくりと開いた。
開けた目に映ったのは、茶色くて柔らかそうな髪と、肌色の……
「……ハゲちゃん」
「誰がハゲちゃんだ」
「いったぁ!?」
ゴッて、思いっきりグーで頭殴られたよ痛い。
ぼんやりしてた思考も驚きと痛みで一気に覚め、何が起こったんだと状況を把握しようとする。
殴られた頭を摩りつつ、もう片方の手で目を擦りながら改めて見てみると……私の前に居たのは、眉間に皺を寄せてムッとしている明王、で。
「え? 明王……?」
「ったく、こんな所で何やってんだよ……」
はぁ、と溜め息を吐いて、明王はしゃがんでいた体勢から直立へと変えた。
どうして此処に彼が居るんだろう? 練習は? と不思議に思いながら見ていたら、ユニフォームではなくジャージを着ている事に気付く。
それに辺りはすっかり真っ暗になっていて、街灯の明かりが通りを照らしてくれている。
つまり、とっくに練習は終わってるという事、か。
「えーと……一応聞いても良いかな、何で此処に?」
「ウチのキャプテン様が、アンタがいつまで経っても帰って来ないってうるせぇから捜しに来てやったんだよ。俺は行くつもり無かったのに、アイツ等無理矢理連れ出しやがって……」
「そ、そうなんだ……」
そう明王はブツブツ文句を言いながら説明してくれた。
何だかその光景が目に浮かんでくるような……帰って来ないって心配掛けちゃったんだ、私。
説明の内容からすると、皆で捜してくれてたみたいだし……あーあー、練習の邪魔にならないように自由時間は休めるようにって一人でぴよ捜ししてたのに、これじゃ意味無いじゃん駄目じゃんよ。
「も、申し訳無い……」
「ホンットーになァ、んでこんな所でくたばってやがるし。……おら、さっさと立てよ。戻んぞ」
申し訳無く思いつつ、明王の指示を聞いて塀を支えにしながら立ち上がる。
スカートの汚れを叩いてよし行くか、と一歩踏み出した、ら。
「うわっ!?」
「うおっ!?」
またガクンとなってしまい、バランスを崩して明王の背中にぶつかってしまった。
よろめかせてしまったのを支えようと両肩に手を置いて静止させると、苛立ちを思いっきり表しながら明王は此方に振り向く。
「テメェはさっきから何やってんだ……あァ?」
「ご、ごめん、力入んなくてさ」
疲れがピークで上手く身体を動かせないのと、それで其処で寝落ちてしまったのも説明すると、明王はさっき以上の溜め息を吐いた。
怒りを通り越して呆れてる、って感じである……
「はー……このまま置き去りにしてやろうか」
「えっ!?」
「……ってマジで置いて帰ると、またアイツ等がギャーギャーうっせぇしな。しょーがねぇから連れて帰ってやるよ」
そう言うと明王は、肩に置いてた私の手首を掴んだかと思うとグイッと引き、そのまま歩き出した。
私もコケないように気を付けながら、引っ張られている状態のまま歩き始める。
連れて帰ってやるとか言ったり、手引いてくれたり……なんだ。
「明王って、実は優しい子だったんだねぇ」
「はぁ!?」
「だってめんどくさがりつつも話聞いてくれてるじゃん、昼間も今も」
「俺は早く帰って寝たいだけだっつの」
優しいとかそんなんじゃねぇ、……って否定してたけども。
優しくなかったら必死そうな声で呼び掛けたりしないし、帰るだけなら手を引く必要も無いと思うんだ。
連れ出されたからって真面目に参加しなくても良かったのに、その事に気付いているのだろうか、この子は。
手を引かれながら私は何度も明王に話し掛けると、それを鬱陶しそうにしながらも彼は答えてくれるし。
私の場所が分かったのは何故かって質問には、宿舎を出てこっちの方に歩いて行く所を見掛けたような気がしたから来てみた、だとか。
それでこっち側の通りを何人かで手分けして捜してくれてたようで、たまたまこの辺りを見て回ってた明王が私を発見した……と。
昼間可愛くないって思ったのは撤回しよう、この子可愛くないようで可愛い。
何だかニヤけちゃってニヤニヤとしてると、私の方を向いた明王がじと目で「気持ち悪ィ」と一蹴してまた前を向いた。
……でも、暗いし後頭部しか見えないから今どんな顔をしてるかは分かんないけど、ちょっぴり照れ臭そうに居心地が悪そうにしてるような……そんな気がした。
「不動! 万里さん!」
何度か曲がったり真っ直ぐな道を進んだりしていると、反対の道から私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り向いて確認してみるとソレは有人と次郎で、そのまま此方に走ってやって来る。
「見付かったんだな」
「あぁ。道で寝てたんだぜ、このオネーサン」
「寝てたって……」
「あっはは、ちょーっと疲労が限界になっちゃってさ」
有人と次郎が合流すると、明王は「やる」と言って、引いていた私の手を有人に押し付けて離した。
いきなり何だと有人は疑問を投げ掛けるけど、明王は返事をせずジャージのポケットに両手を突っ込み、私達を置いて先を歩き始めてしまう。
そんなやり取りと彼の様子を見て、少しの沈黙が訪れたのだけど……数秒後、有人と次郎はプッと軽く噴き出した。
「不動の奴、照れ臭いのか」
「女性の手を引いてる所を見られたくないんだろうな」
「え、そうなの?」
「恐らく……いや、絶対だな」
フッと笑っている二人を見て、少し前を歩いてる明王の背中を見ていたら、私も笑みが浮かんできた。
嫌味憎まれ口を叩く事も多々有るだろうが、この子達はちゃんと通じ合ってて互いの事を理解しているのだろう。
信頼が築けてるって、良いなぁ。
「さて、俺達も帰るとしようか」
渡されたままだった私の手を、有人はそっと引いて歩き出す。
さっきみたく前と後ろではなくて、横に並んで歩けるように配慮をしてくれながら。
折角だから次郎とも手を繋ぎたいなぁなんて思って隣に差し出してみたら、「しょうがないお姉さんだな」と柔らかく笑って手を取ってくれた。
暫く寝落ちてたとはいえ未だ疲労がたっぷりな身体なのに、三人と触れ合って話をしていたら軽くなったように思えて。
宿舎までの道程も一人でこの辺りを歩いていた時とはかなり違って、楽しく感じられた。
また一つ繋がりを知る
無事宿舎に戻ったら、既に揃ってた皆に「おかえり」を言ってもらえて、心配掛けてごめんねって謝った。
久遠さん響木さんのW保護者には、とってもキツーくお叱りを受けましたが……そりゃそうだ、何時間も戻らなかった挙句、大事な選手達を練習外なのに走り回らせてしまったのだから。
それでも、泊まる事を許してくれて、夕飯食べたらお風呂にも入ってくると良いってのも言ってくれた。
このチームは子供達だけでなく、率いている大人もあったかいんだなぁ……そう思いながら、また美味しいご飯を頂いてお風呂に入ってサッパリして。
案内してくれた和室に布団を敷いてその上に寝転ぶと、またすぐに睡魔がやって来た。
……長い一日だった、色んな事が有った。
ちゃんと此処の人達にお礼をしてからぴよを見付けて帰りたいなぁ、そう考えながら毛布を被り目を閉じて。
数分も経たない内に、私は夢の世界へと旅立っていた。