07.行きも突然帰りも突然
「…………ん、……んー……」
ゆっくりと意識が浮上してくる。
ぼんやりしながらも開けた目に映った天井が知らない形をしていて、あれ私の部屋じゃない……? と思ったけど、そうだ泊まらせてもらってるんだったな、と思い出す。
「ふぁ、……んん、おきた」
ごしごしと目を擦って身体を起こして、軽く昨日の出来事を振り返ってみる。
昨日は、いつも通りに学校で過ごして家に帰ろうとしてた後、不思議な体験を沢山した。
ぴよを追い駆けて穴にダイブして、落下して此処へ来て……サッカーしたり観たり迷子になったり、長い一日を過ごしてぐっすり寝たんだ。
振り返りを終えたら布団から出て軽く伸びをし、置いてあった此処の時計を見て時間を確認する。
えーと今は……ん、まだ5時半過ぎなんだ? ぐったり疲れてた割には早く目が覚めたなぁ。
物音はしないので皆まだ寝てるんだろう、とても静かだ。
部活用バッグから必要なモノを取り出し、洗面所に行って顔を洗って歯磨きをして髪も梳かしてからまた和室に戻る。
お風呂に入ってから着てたジャージはそのままに腕捲りをして、使ったモノを全部バッグに戻してーっと。
……あぁ、下着類? それはいつもバッグに換えを入れといたから大丈夫でっす、必要になるかもしれないからってアドバイスをくれた部活仲間に感謝である。
布団を綺麗に畳んで押入れの中にしまってから和室を出て、歯磨きをしながら思い付いた目的の為に、洗面所やお風呂場や物置等を見て回った。
そうして発見したバケツに水を溜めて、使っても良さげな雑巾を何枚か借り水に濡らしてからよーく絞る。
「……よし。さて、やりますか!」
思い付いた目的とは、此処の皆への恩返し。
私が出来そうな恩返しは何だろうと考えて、そして思い付いた答えとは。
皆が目を覚ます前に、出来る限りこの宿舎を綺麗にして回るっ!
「あら、万里さんおはようござ……って、何をしてるんですか?」
「おっ? おはよーうマネージャー諸君!」
最初に起きたのはマネジ三人だった。
廊下を水拭きしてた所にやって来て、私に驚いて立ち止まっている三人に明るく挨拶をする。
「お、おはようございます……えっと、お掃除、ですか?」
「そうでっす、お掃除してます」
「どうしてお掃除を?」
「ご飯貰って泊まらせてもらって~って色々お世話になっちゃったから、せめてもの恩返しにと思ってね。朝ご飯を代わりに作ろうかとも考えたんだけど、作るモノ決めてたら手出さない方が良いだろうからこっちにしてみたんだ」
それに、きっと私一人で人数分を用意するのは無理だっただろうからー……というのは内緒にしておこう。
私の事は気にせずご飯作り始めて良いよーと言えば、彼女達も「そういう事なら」と納得してくれたようで食堂に向かった。
食堂はさっき最初に取り掛かって終わらせてあるから、この廊下が終わったら次は二階の廊下をやろうかな。
洗面所や階段もやるつもりだけど、もうちょいしたら男の子達が起きてぞろぞろとやって来るだろうから邪魔になっちゃうし、後回しにしよう。
水気が抜けてきた雑巾をまた水に浸してよく絞り、たたーっと駆けながら廊下を拭いていく。
一通り拭いたら今度は空拭き用の雑巾に持ち替えて、同じ流れで廊下を駆ける。
此処って結構大きいから掃除するの大変だけど、やってく内にだんだん楽しくなってきたのでこのテンションでやっていこうっと。
一階を終えたら二階に上がって廊下や棚の辺りを拭き、二階を終えたら三階に上がってと掃除を進めていく。
途中起きてきた子達と挨拶を交わしたりもして、まだ眠そうにしてたり髪がボサボサだったりしてるのがちょっと可愛かった。
特徴的な髪型の子達も朝はやっぱり乱れてるんだなー……と思ってたのに、有人だけきっちりドレッドを結い上げゴーグルも装着してたからビックリですだ。
「えーと後はあっち側を拭いて…………お、良い匂いしてきた」
一階の食堂から良い匂いが漂ってくる。
キリの良い所までやったら私も頂こうかな、お腹の虫も大分活動的になってきました。
それで食べ終わったらまた食器洗いをさせてもらって、掃除再開して……と計画を立てていたら、ある事に気付いてプッと笑った。
私、家の掃除でも学校の掃除でも、こんなに張り切ってやった事って無かったなーって、さ。
やる気が無い訳じゃないけど、気合いの入れ方が違うというか……うん、それだけこのお礼お掃除を大事に思ってる自分が居るからなんだろう。
たった一回、しかも水拭きと空拭きだけで掃除してもピッカピカにはならないだろうけど……此処の人達の為に、少しでも役に立てたらと思うんだ。
「万里さーん、朝ご飯出来ましたよーっ!」
「もうちょっとやってから食べるー!」
下から呼び掛けてくれた春奈ちゃんに返事をして、雑巾掛けを再開する。
いっぱい動いた後のご飯も美味しいんだろうなぁと楽しみにしながら、三階の廊下を駆けて行った。
今朝の朝ご飯も大変美味しゅう御座いましたー……と余韻に浸りながら食器洗いをさせてもらい、終わったら後回しにしてあった場所を拭きに回って一通りの拭き掃除を完了させた。
その次は窓ガラスを拭いて回ろうと決め、一階なら外側も拭けるかなと外に出て食堂の窓を拭いていたら、中で楽しく話してた子達がこっちに来て窓を開け話し掛けてくれる。
「やってんなぁ万里。そろそろ疲れてきたんじゃねぇか?」
「んー、まだもうちょいイケるよ。それに楽しいからね」
「俺だったらすぐ飽きちまうぜ……片付けあんま得意じゃねぇしさ」
「確かに、綱海さんの部屋っていつもちらかってますもんね」
「細けぇ事は気にしない主義なんだよ!」
やって来た条介と勇気の会話を聞いてて、くすっと笑いが出た。
二人はまるで兄弟のようだ、条介が三年生で勇気が一年生だからってのと、条介が面倒見の良い兄貴タイプだからなのかもしれないな。
手伝ってやれば良いって最初に言ってくれたのも条介だしなぁ……勿論彼にもいっぱい感謝してる、言い出してくれなかったら今こうして此処には居られなかったかもしれないからさ。
「立向居だって片付けしないで寝てる時有るだろー?」
「そ、そりゃ有りますけど……でも疲れてなかったらちゃんとやってますよ」
「ほほう。因みに征矢は整理整頓きっちりしてそうだね?」
「っ、え?」
近くで私達の会話を聞いていた征矢に話を振ってみると、まさか自分に振られるとは思ってなかったようで驚いた顔を見せた。
ちょっとしてから「……まぁ、掃除は嫌いじゃないです」と照れも少し入ったような返事が有って、またくすっと笑う。
リーゼントと目元の感じで不良そのものって外見だけど、話してみると結構律儀で目上の相手に対しては控えめなように見えるし、そういう所が可愛いなと思う。
というか、此処の子達って皆可愛いんだよなぁ。
真っ直ぐな子に真面目な子、素直じゃない子、熱い子や冷めた子も居れば、ヤンチャな子やおっとりな子も居て……本当に色んな子達が集まって構成されている。
中学生ってこんな感じだったっけな? こうやって年上の目線で見てみると、まだまだ子供っぽい所が残っていて可愛く見える。
……や、私も子供っぽい方かもしれないけどね?
「もう掃除の話は終わりにし……」
「……? どしたの?」
「なぁ、アレって……」
「アレ?」
条介が話題を変えようとした途端ピタリと止まってしまったので不思議に思うと、ある方向を見ながら指を指したので私達もそっちを向く。
向いて、その先に有ったのは、──在ったのは。

▼ぴよ が あらわれた!
「「「ぴよだーっ!!!」」」
私達(征矢は除く)は揃ってぴよ発見に大声を出し、驚いた。
ぴよ、えっ本当にぴよ? 何か装備増えてるけど本当にぴよなの??
昨日とは違って赤いバンダナを着けているぴよは、グラウンドのフェンス前に居て此方を見ていた。
まさか向こうから現れるなんて全っ然考えてなかったよ……!?
「ど、どどどうしよう!? どうしよう!!?」
「おお落ち着いて下さい万里さん! えっと雑巾、雑巾こっちに渡してそれで、それで!?」
「立向居も落ち着けって! とにかく、アイツ捕まえねぇと!」
雑巾を持ちながらあわあわしていたら、先に正気を取り戻した条介と驚きつつも冷静だった征矢がバタバタと足音を立てながら玄関に向かった。
他の子達にも声を掛けてくれてるのが聞こえたかと思うと大きな音を立てながら玄関の扉が開き、条介と征矢、守と塀吾郎が走ってぴよの元へと向かう。
「確保ーっ!!」
掛け声と共に条介と守と征矢はぴよに飛び掛かるが、ぴよは慌てて横に跳んで三人を避けてしまう。
「まだだ、壁山っ! 捕まえろー!!」
「はいッス!!」
残っていた塀吾郎が守の指示で飛び出し……いや、ぴよにジャンピングアタックをかまして、ドッスーン! と大きな音を立てた。
その衝撃で立ち起こった砂埃が治まると、塀吾郎は身体を起こして。
「……つ、捕まえたッスー!!」
彼の大きな両手には、目を回したバンダナぴよがしっかりと収まっていた。
目まぐるしい展開で反応が遅れちゃったけど、その姿をしっかりと確認した私は持っていた雑巾を勇気に渡し、ぴよを捕まえてくれた皆の元へと急いで駆け寄る。
すると塀吾郎がぴよを差し出してくれたので抱くようにして受け取り、目を回してるぴよをぺちぺち叩きながら問い掛けた。
「ぴよ、ねぇ向こうへの戻り方知ってる!? 私向こうに帰りたいの!」
何度も呼び掛けていると、目を覚ましてくれたぴよは、じっと私の顔を見詰めてきた。
お願い、どうか応えて……! そう願いながら見詰め返していると、数秒経った後ぴよは、コクンと頷くように身体を軽く前に傾けた。
ぴよは、戻り方を知ってる。
私、帰れるんだ……!
「や……っ、やったぁーっ!!」
「良かったなぁ万里姉ちゃん!」
「うん、うんっ! 皆が協力してくれたおかげだよー!!」
ぴよを抱きしめながら私は、捕まえるのに協力してくれた皆に何度もお礼を言った。
皆も笑ってくれていて、嬉しいのとホッとしたのとで涙が出て来そうになったけれど、何とか堪えて私も笑い返す。
ぴよ、こっちに来てしまってからずっと捜していたぴよ、やっと追い付けた……やっと、帰れるんだ。
──そして、安心した私は、ある事にも気付く。
突然現れたぴよは、帰り方を示してくれると共に……此処で過ごす時間の終わりも、告げるのだと。
別れの時もあっという間で
「それじゃあ、ほんっとーにお世話になりましたっ!!」
掃除用具の片付けも済ましてから制服に着替えた私は、来た時と同じように鞄二つを肩に掛け、久遠さんと響木さんに挨拶をした。
大人しく待っててくれたぴよと一緒に宿舎を出た後は、見送ってくれる皆にも同じように深く勢い良くお辞儀をして、顔を上げる。
「元気でな、万里姉ちゃん! 気を付けて帰れよーっ!!」
「うんっ! 皆、本当にアリガトーっ!!」
眩しい笑顔で手を振ってくれる守を筆頭に、皆さよならを言ってくれたり手を振ってくれたりした。
その中には、テキトーに手を振ってる子も居たけれど……それすらも、嬉しかった。
「……ん。じゃあぴよ、案内して」
足元に居るぴよにそう言うと、てててーっと駆け出したので私も後を追い駆ける。
宿舎から離れ暫く走って来た所で、ぴよの進む道の前に大きな穴が見えてきた。
きっとアレが、向こうの世界に帰る為の穴なのだろう。
ぴゅーっと落ちて行ったぴよに続いて私もその穴にダイブすると、来た時と同じような真っ暗な世界がその中には広がっていた。
落下していきながら、私は心の中で言う。
……有難う、皆。
君達みたいな子と会えて本当に良かった、楽しかったよ、と。
だから今度は怖くない、そう気を強く持った私は、また何かに引っ張られるような感覚を受けて前を見た──