08.勝手にもっかいコンティニュー
「ふぐぉっ!?」
引っ張られて前を見た時、また周りが明るくなって穴を抜けるのかなぁと思ったりしてたんだけど、そんな事は無く。
変化の兆しは無いまま終点に着いたようで、私は思いっきり何かにぶつかって変な声を出した。
「…………こ、今度は何だ……」
砂浜に落ちた時より衝撃が強かったんですけど……結構痛かったんですけど……ぷるぷるしながら両手をついて身体を起こし、ぶつけた部分の中でも特に痛かった所を摩って痛いのを和らげようとする。
少し痛みが落ち着いてからぶつかったモノを確認すると、えー……コンクリ製の硬い床、ですねぇ……そりゃ痛い訳だわ。
私の目の前には二本の太いパイプが床に向かって伸びている壁、すぐ側には大きな扉と、空の段ボール箱が少し置いてある。
此処は何処なんだろうと、制服を軽く叩きながら立ち上がって辺りを見てみると、どうやら此処は屋根付きの商店街のようだった。
といっても人通りは無くとても静かで、シャッターが下りてたり照明が消えてたりと閉店中のお店ばっかだけど。
上を見上げても明るくはない、出口にも目を向けてみるが外は真っ暗……なので、あっちでは朝だったけど此処では夜遅い時間帯なのかもしれないな。
本当に帰って来られたんだろうか……? 初めて見るこの辺りをキョロキョロと見渡しながら、判断する為の材料を探す。
お店の看板を見れば英語や日本語で書かれていて、商店街の出入り口にも「稲妻町アーケード」と日本語での表記が有る。
という事は、此処が日本なのは間違い無いだろう……日本である事に確信を持ててホッとした。
でも、稲妻町って名前の町は近場には無かったと思うから、此処はウチの近所ではないんだなぁとその点は残念に思う。
「そういや、またぴよ居なくなってる……」
先に到着したハズのぴよの姿は今回も無く、辺りを見ても赤いバンダナのあの子は居ないようだった。
ちゃんと帰って来れたんなら、ぴよにもお礼言おうと思ってたんだけどな。
「……ハッ、そうだ。此処が日本の何処だかも確認しないと」
閉店中の並びの中でも、煌々と明かりを点けて営業中のコンビニのような建物が見える。
「Gマート」って名前のコンビニは初めて見るけど、コンビニなら絶対店員さんが居るだろうから尋ねてみようと思い、鞄を持ち直して一歩二歩と踏み出した。
踏み出した、けど。
「……あれ?」
コンビニの明かりに気を取られて見落としていたが、コンビニより手前に有る赤い看板のお店もまだ営業中のようで、足が止まる。
他のお店は閉まってるのにまだやってるなんて……24時間営業って訳でもなさそうなのにな。
「雷雷……らいらいけん、かな。」
看板とのぼりにそう書いてあるこのお店は、外装の雰囲気から中華店のようなラーメン屋のような、そんな感じに見えた。
中華系のお店ってアレ書いてるじゃん、ぐるぐる。
ソレが看板の左右に書いてあるから多分そうだと思う。
何となくコンビニよりもこっちのお店が気になって、どうするか少し考えて……私は、自動ドアの前に立つ事にした。
立って1秒も経たない内に自動ドアは左右に開き、明るい店内から良い香りが漂ってくる。
「あ、すみません今日は貸切なんですよ」
入店に気付いた店長さんらしき男性が、私に気付いて厨房から声を掛けてきた。
入った途端そう言われるとは思わなくて、慌ててお客として入ったのではない事を言う。
「あっ、あの私お客じゃあなくって……」
「客じゃない?」
「で、でも冷やかしって訳でもなくてですね? えーと、そのー……」
言葉に迷ってあわあわしていると店長さんは訝しげな顔をして、お店に居たお客さん達も私の方を見てきたから余計言葉に迷ってしまう。
まず何て言うんだっけ、此処は何処ですか? いや稲妻町アーケードって書いてあったからその質問はおかしい……ちょっと道に迷っちゃって、かな?
でもお店が閉まってるような夜遅くに高校生が居るとか怪しまれる、よね? 家出とかじゃない事も説明して~……と返す内容を考えてたら混乱してきました。
どうしよう、私本当に怪しい奴だ……! 早く次の言葉を言わなきゃと焦っていたら、お客さんの一人が特に私をじーっと見詰めてきて。
「……万里、姉ちゃん?」
そう、私の事を呼んだ。
「え?」
何で私の名前を知っているのだろう。
私の名前を呼んだのは、白と茶色の上着に青色のズボン、茶髪で濃い橙色のバンダナを身に着けている、よく日に焼けた肌の男性だった。
成人男性にしか見えないその人が、私を「姉ちゃん」って……?
それに、その呼び方は……私の知る限り、そう呼んでくれてたのは一人だけのハズなのに。
「万里姉ちゃんだよな!?」
「そ、そうですけど……ど、どちら様で?」
「俺だよ俺、守! 円堂守!」
「……は?」
円堂守?
席から立ち上がって私の前に来て、自分自身を指差しながら言った彼は確かにあの子と同じ名前を名乗った。
いや、いやいや、ちょっと待って? あの子は「守」、それでこの人も「守」だと……?
状況が飲み込めずに男性を見ているしか出来無かった私は、見ていた事である事に気付いた。
この人……バンダナを着けてる所や前髪の形など、多少の違いは有るが守にそっくりだ、と。
あの子の背が伸びてこのぐらいになって、声も低くなって肌も焼けたら、目の前に居る男性と同じになるかもしれないと思えてくる。
……まさか、まさかいやでもそんな、そんな事有る訳が。
だってついさっきまで、私は中学生なあの子達と一緒に居たんだよ? 同一人物である訳が無い……と否定したいが、違うとは言い切れないなとも思う。
もしかしたらって事も……でも、でも……そんな風に困惑している私に、守(仮)さんがある一言を告げた事によって、私の中での困惑は解消された。
「10年振りなのに全然変わってないんだなぁ!」
あ、ガチだった。
……って。
「……という訳で、あれからこの世界では10年経ってるんだよ」
「そ、そうなんだー……」
取り敢えず座ったら、と促されたのでカウンター席の椅子に座った私は、もっと状況を把握すべく守さん……じゃなく、守の話を聞いた。
私がぴよと共に消えてから、彼等は練習と試合の日々を続け無事にFFI優勝を果たしたんだそうな。
それから10年もの間、皆それぞれの人生を歩み、同じ道を一緒に進む事も多々有りながら今に到っている、と。
つい最近は未来に行ってたとかいう話もされたけど其処はよく分かんなかったです、未来って何。
「てっきりちゃんと家に帰れたと思ってたのに、またこうやって来ちまったとはなぁ」
「私も此処はあっちの日本だと思ってたんだけど、違うみたいだね……」
「あぁ、此処は俺達が暮らす日本の地元だな」
その返しを聞いて、私はガックリ項垂れてカウンターにゴツンと頭をぶつけた、痛い。
因みに、守の他にも居たお客さん達も皆、私が知ってる子が大人になった人達でした。
茶色の服に左目が隠れてる青髪ロングさんは、一郎太。
青色のコートを着て太眉の垂れ目さんは、士郎。
日に焼けた肌とピンクの髪な黒縁眼鏡さんは、条介。
緑色の丸い髪形にツナギを着た大きな人は、塀吾郎。
スーツと緑色のグラサンに茶のドレッドハーフウェーブな人は、有人。
ピンクに近い赤紫の上着に黄緑色のズボンという奇抜な服装の茶髪さんは、明王。
条介よりも肌が黒いかもしれなくて赤い上着を着た一つ結びさんは、修也。
そして、白タオルを額に巻き腰エプロンをしてる店長さんは、征矢だった。
皆子供の頃の面影を残しつつも、立派な男性に成長している。
「なんつーか……明王と修也は結構変わったね、見た目」
「まぁ、そうだな。色々有って、今はこの髪型で落ち着いてるんだ」
「そっかぁ。修也が髪下ろして結んでるのも新鮮だけど……あのハゲちゃんがこんなモサモサくんになるとはなー」
「今度はモサモサくんかよ。変な呼び方すんの好きだなァ、オネーサン」
「やー好きっていうか出て来るっていうか……そんで、ちょっとモフりたくなる髪型してるね?」
「モフり一回で1万な」
「高っ!」
そんな風にふざけ合いながら笑っていると、皆も楽しそうに笑ってくれる。
凛々しくなった彼等は可愛いよりも格好良いと言った方が相応しい姿になっていて、笑った顔からもイケメンオーラが滲み出ているような気がしてちょっとドキドキしてしまうかも? なーんて。
緊張も解けて話すのに夢中になっていると、私の目の前にコトンと大きめの器が置かれた。
「うん?」
「ウチのラーメンです。良かったらどうぞ」
「えっ良いの? わぁアリガトー!」
征矢が作ってくれたソレ、ラーメンを自分の前に置き直して、いただきますと両手を合わせてから割り箸を割る。
まずレンゲでスープを飲んでみると、あっさりし過ぎず、かといってこってりな訳でもない醤油ベースの味をしてて。
麺も程よい固さで食べ易く、ずるずると良い音を立てながら麺を吸ってモグモグ食べた。
……こ、これは……っ!
「んんっ、美味しい! 美味しいよ征矢!」
「そうですか、なら良かった」
「飛鷹の作るラーメンは最高だよなぁ」
私もその意見に激しく同意だ、このラーメンは私が今まで食べてきた中で最高のラーメンだと思う。
よく食べに行くお店が有ったけど、あっち以上のリピーターとして食べに来たいと思えるぐらいの美味しさだ。
「ラーメンも餃子も炒飯も全部美味しくって、俺何杯でも食べれちゃうッスよ」
「お前は食い過ぎだから少しは量減らせっつの」
和やかな雰囲気の会話が続き、私も皆の話を聞きながら食べるのが楽しかった。
他のお店が閉まるぐらいの遅い時間なのに未だ閉めずにいたのは、皆も話すのが楽しくてなかなか切り上げられなかったからなのかなぁ。
そんな事を思いながら食べ続けていると、士郎から質問を投げ掛けられる。
「ところで万里さん、帰れなかったって事はまたぴよを捜すんでしょ?」
「ん? んー……そう、だね。そうなるね、うん」
「……その返事の仕方は、聞かれるまで忘れてたな?」
「う、ゴメン。ついうっかり」
そうだ、此処があっちの世界じゃないなら、もっかいぴよを見付けて穴にダイブしないとなんだ。
じゃないと、いつまでたっても家に帰れないもんなぁ……こっちの世界に来てからもう一日以上は経ってるだろうし、お兄ちゃんだけでなくお父さんとお母さんにも心配掛けちゃってるかもしれない。
でも、捜すといっても今度は何処でどうしたら良い?
……と、考え始めようとしたら。
「捜すなら、また俺達協力するよ。今度こそ万里姉ちゃんを家に帰してやらなきゃな」
「……良いの?」
「当たり前だろ?」
守が、中学生の時と同じ明るい笑顔をニカッと浮かべて私に言ってくれた。
皆も反対意見は無いようで、頷いたり笑ったりしてくれている。
「そっか、……うん、うん…………皆、有難う。凄い嬉しい」
手伝ってほしいと頼む前に、また自分から手伝いを買って出てくれた皆。
10年経って大人になっても、彼等のあったかさは変わらず在るみたいだ……寧ろ、大人になってもっと強くなったとも言える。
そう心から感じられる程に、皆の言葉と笑顔は私の中をあったかさで満たしてくれたんだ。
「それじゃあ、また宜しくお願いしまっす!」
「おう、任せとけ!」
10年後の世界でも、最初に会ったのがこの人達で良かった。
もしさっきコンビニに行くのを選んでいたら再会なんて出来無かっただろうし、この後どうすれば良いんだろうと一人で路頭に迷う事になっていただろう。
これで帰れると思ってたらまさかのぴよ捜索第二ラウンドとなった訳ですがー……でも、不思議だな。
「皆と一緒なら、またすぐにでも見付けられそうな気がする」
今度こそ、上手くいくかもしれないって、さ。
再会、そしてもう一度
「そういや有人、ゴーグルマントは卒業したの?」
「…………まぁ、な」
いつ頃までマント装着でサッカーしてたのか気になる、んだけど。
その辺は聞いちゃいけないような気がしたので、やっぱり黙っとく事にしよう。