10.ただいま、そして

「最近万里さぁ、元気無いんじゃない?」
「え?」

休憩中、マネージャーが用意してくれたドリンクを飲んでいたら。
我が部のキャプテンが、私にそう言ってきた。

「なーに、元気だよー? めっちゃ元気!」
「そうかぁ……? ボーッとしてる時多いし、さっきだって取れるボール取らずに立ちっぱだったじゃん」
「あー……さっきはちょっと、集中が切れちゃったというか…………あっはは」

目を逸らしたりしつつ笑って誤魔化せばそれ以上は聞かれなかったけど、きっとまだ変に思ってるんだろうなぁ。
彼女に指摘された通り、最近の私は元気が無い。
自分でも、その自覚は持ってる。
ご飯は普通に食べてても間食の量が減ったし、授業中もボーッとしたり寝落ちたり……って、これは前々からそうだけども。
一番変化が出てるのは、こうしてサッカーの練習をしている時。
仲間の後ろ姿を見守ってる時も、DFの子達に指示を出してる時も、向かって来たボールを受け止めようとする時も……物足りない、って感じている自分が、居て。
それはあの日から、あっちの世界から戻って来た時から、私の中で起きていた変化だった。

- - - - - - - - - -

ぴよを抱きかかえたまま穴にダイブした私は、最初と二度目のと同じように真っ暗な世界を落下し続けていた。
今度も何か引っ張られるような感覚の後で前のめりになるのかな、特に変化が無いままイキナリ激突するのは痛いから嫌だなーそれにぴよ潰れちゃうなーよしガード出来るようにしとくか! ……って、思ったりしてたんだけ、ど。

「…………あ、れ?」

気が付くと、私は──そういった体験を一切しないまま、明かりの点いてない自分の部屋に、居たんだ。

「此処って……え? あれ?」

目をパチパチと瞬かせてみる。
首を傾げてもみる。
けど、見覚えが有り過ぎるこの空間は確かに私の部屋で……机もベッドも、その辺に放置したままだった雑誌や漫画等も、私のモノだった。

「何で……?」

二度ダイブした時とは違って、急に目の前が明るくなる事も真っ暗なままなのも無ければ、何かに激突して衝撃を受ける事も無かった。
気が付いたら、本当に気が付いたら、軽く瞬きをした次の瞬間には此処に立っていて。
今までとは違う終わり方、何がどうなったというの。

「……って、ぴよは?」

ふと、一緒にダイブしたハズのぴよが、私の両手の中から忽然と姿を消していた事に気付く。
ついさっきまで抱きかかえてる感触が有ったのに、黄色いもふもふの身体に鮮やかな緑色のリボンは何処にも無い。
部屋の中を見回したり、窓を開けて外を見てみても、ぴよらしき姿は見付からなかった。
落下中に力を抜いて落としちゃった訳でも、私の手の中から抜け出していった訳でもないのに、どうして……?

「…………取り敢えず電気点けよう、か」

壁に有るスイッチをパチンと押して電気を点けると、真っ暗だった部屋が明るくなり目が眩む。
視線を落とせば靴を履いたままな事に気付いたので慌てて脱ぎ、肩に掛けていた鞄二つを床に置いた。
……私、帰って来たんだ。
でも、……なんて、いうか…………呆気無かった、な。
もっとこう、ガードしたけど防げなかった! 痛い!! あっヤバイぴよ潰しちゃってる起きてー起きてーぺちぺち、とか。
おぉっ家の前じゃんやったー! やっと帰って来れたよやったー!! とか、……そんな感じのテンションで帰って来れるかなって、思ってたんだ。
けれど実際は、どっかに落ちてぶつかる事も無く、ぴよも居なくなってて喜びを伝えられる事も無くて……静かに、ひっそりと、一人で帰って来てた。

「…………」

このまま突っ立ったまま居てもしょうがない。
玄関に靴置いて家族にただいまを言おう、帰って来なくて心配掛けちゃっただろうから謝ろう。
そう思って部屋を出て玄関に向かい靴を置くと、リビングからやって来た人物に声を掛けられて。

「ん、帰って来たのか?」
「っお兄ちゃん、」
「おかえり万里。もうすぐ生姜焼き出来るから待ってて。」

私は、自分の耳を疑った。

「…………生姜焼き?」
「今日の夕飯は生姜焼きって、さっき言っただろ?」
「だって、私全然帰って来なくて心配掛けて……っ」
「? 寄り道はしたけどすぐ帰って来たじゃないか、別に心配はしてないよ。」
「え……?」

どういう事、だ?
夕飯が生姜焼きっていうのは私がお兄ちゃんと別れる前に聞いた事で、今作ってるハズが無いのに。
それにお兄ちゃん、「さっき言った」って、「すぐ帰って来た」って、言った……?
あっちに行ってから絶対一日以上は経ってるのに、経ってないの?
私が過ごして来たその時間は、無かった事になってる、の?

「っあのね! あのね私、ぴよと一緒に違う世界に行って来たんだよ!」
「違う世界?」
「ぴよを追い駆けたら大きな穴が有って、ダイブしたら違う世界に出て……其処で出会った子達とサッカーしたりぴよ捜し手伝ってくれたりしたの! それで見付かって捕まえてくれて、もっかい穴にダイブしたら今度は10年後の世界に着いて、10年後のその子達が居て、またぴよ捜し手伝ってくれたんだよ!」

無かったハズがない、今でも私の頭には皆との事がハッキリと刻まれてるんだ。
帰宅の仕方も普通じゃなかったし、ぴよのもふもふの感触だって手に残ってる。
だから、だからあの時間を信じたいと思いながら、信じてほしいと願いながら、お兄ちゃんに言ったのだけれど。

「……万里、空腹を紛らわす為に妄想に耽ってたのか?」
「違っ、妄想なんかじゃ……!」
「はいはい、分かったから手洗って着替えて来いって。」

真剣に受け取っては、くれず。
ぽんぽんと私の頭を撫でた後、リビングの先に有るキッチンへと戻って行ってしまった。
……違う、違うよ、妄想なんかじゃない、嘘なんかじゃない。
嘘なんかじゃ、ないのに……こっちであっちでの事を証明出来るモノは、この手には何も、無くて。
私は、

「……うん。手洗って、着替えてくる、ね」

信じてもらう事を、……諦めた。

- - - - - - - - - -

それからの日々はいつも通り、学校行って授業受けて部活して帰る、の繰り返しだった。
信じてくれないお兄ちゃんなんて! と口を利かなかった時も有ったのだけど、しょんぼりさせちゃっただけで私も耐えられなかったからすぐに戻した。
もっとテンション高く帰ってたらしつこく話して無理矢理にでも信じてもらおうとしたのかもしれないけど、今となっては考えても意味が無い訳で。
私だけの思い出として大切にして、私は私の毎日を元気に送らなきゃー! って気合い入れたりもしたんだけど、さ。
やっぱり、……やっぱり、なぁ……サッカーしてると思い出すんだ、あっちの皆がやってた凄いサッカーの事を。
炎が出たり竜や魔王が出たり、輝く大きな手がボールを止めたりするって事はこっちのサッカーには無いのに期待してしまって、何も出ない普通のサッカーを見て残念に思ってる自分が居た。
あっちの面白さを知ってから、大好きなハズのサッカーも物足りなく感じてしまってるんだ、私。
それでチームの皆に迷惑掛けてたら駄目じゃんねぇ……ずっとそんな感じでいたら、正GKの座も奪われちゃうってのにさ。

「よーし、練習再開するよ! 今度はしっかり頼むよ、万里」

キャプテンの掛け声に皆元気良く答えて、私も頷いて返した。
……うん、私は私の日々をしっかりと送らないといけないんだ。
じゃないと、ぴよ捜しに協力してくれてこっちに帰らせてくれた守達の気持ちが、無駄になってしまう。

(ちょっと、……ううん、かなり寂しいけど)

だから、思い出として留めておかなくちゃ。
そう思い、濡れた口元を拭って両頬を叩いた私は、またゴール前に立った。



練習が終わって解散して、私が着替え終わるのを校門で待っててくれたお兄ちゃんと合流して、家路を辿る。
休憩後の練習はしっかり取り組む事が出来たから、明日以降も続けていかないとなぁ。
お腹空いたね、今日は何にしようか、なんて話をしながら、陽が沈みかけている街を二人で歩いて行く。
家の近くの道まで帰って来ると、いつもあの場所を、ぴよと初めて会った時の事を思い出して見てしまうのだけど……今日もやっぱりぴよは居なかった。
あんな不思議体験に不思議生物、何度も遭遇出来る訳無い、か。
道から視線を戻して角を曲がり、家に向かって歩いて行く。
今日の当番はお兄ちゃんだけどデザートの果物は私が剥こうかな、そう思いながら家の前に着いたら──

「ぴ」
「……ぴ?」


piyodot05.gif
▼ぴよ×3 が あらわれた!


ぴよ、居た。
しかも今度はトリプルで。

「ぴよだーっ!!」
「えっ? コレ何だ、え?」

最初に会ったぴよも、次に会った赤いバンダナぴよも、最後に会った緑リボンぴよも、皆揃っていて。
あの時と同じようにこっちをじーっと見ながら、ぴよトリオは家の前に立っていた。

「ぴよ! ぴよーっ!!」

私は再会出来たのが嬉しくて、自分でもビックリするくらい嬉しいって気持ちが湧いてきて、堪らずぴよトリオにがばっと抱き付いた。
あぁそうだよ、この感触! もっふもふ感! 柔らかくって気持ち良くて、触るの楽しいぴよの身体だ……!!

「ぴよーぴよーもっふもふー……」
「えーっと……万里? もしかしてそのひよこって、前に会った事有るヤツ?」
「そうだよ! そんで帰ったら一回言ったよね、ぴよと穴にダイブしたんだーって。それがこの子達!」

ぴよトリオを両腕で抱えてお兄ちゃんにずいっと見せると、お兄ちゃんは目をパチパチとさせながらもぴよトリオを見て、私を見た。
そして、そ~っとぴよに手を近付けて、もっふと頭に触れて撫でてみる。

「……おぉ、この感触は……」
「気持ち良いでしょ!? ……じゃない、そっちじゃないよ気にする所は。ねぇぴよ、どうしてまた私の前に現れたの?」

そうぴよトリオに聞いてみるが、トリオは首を傾げるように身体を傾けたりするだけで何も答えない。
いや答えたら怖いけどね、人語を話すインコとかは居てもひよこ(みたいなの)は喋ったりしないだろう。
なんて思いながらぴよトリオをじっと見ていた私は、ある事に気付いた。
もしかしたら、……もしかしたら、この子達が居るならまたあっちに行けるんじゃないだろうか、って。
──行きたい。
会いに、行きたい。

「お兄ちゃん!」
「うん?」
「私が過ごして来た世界、今度はお兄ちゃんも一緒に体験しに行こうよ!」
「へ? あっ、おい!?」

両腕で抱えていたぴよトリオを離して降ろしてやると、ぴよトリオは私の意図を分かってくれたのか、てててーっと駆け出した。
それに続くように、私はお兄ちゃんの手を引いてぴよトリオの後を追って走り出す。

「万里! それってどういう事なんだ!?」
「行けば分かるよ!」

今日までの元気の無さは何処へやら、ぴよトリオと会えた私はイキナリ元気100%になっていた。
お兄ちゃんを引っ張りながら追い駆けて行ってると、私の中にワクワクと期待に満ちた気持ちが広がっていく。
またあの穴からあっちに行けるんだ、皆と会えるんだ、って。
何処に出るかのは分かんないけどさ、何故だろうね? 絶対皆の側に出られるって自信が、私の中に在るんだ。

「穴有ったー!」

素早く駆けるぴよトリオの進む先に、これで見るのは四度目になる大きな穴が開いているのを見付けた。
トリオで揃って、ぴゅーっと落ちて行ったのを見て、私も穴の手前で力強く踏み込んで。

「待て万里! ストップ!!」
「待たない! 行っくよーっ!!」

お兄ちゃんの手を強く掴んだまま、穴に向かって思いっきりジャンプした。

帰らせてくれたのにゴメンね、皆。
私もっかい、皆の世界へダイブしますっ!



今度は二人で超次元Dive!


それで再会したら、また一緒にサッカーやろうよ!



Thank you for reading!